BLSS

□兄貴のお気に召すまま
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 放課後、うるさくまとわりついてくる小塚をはじめ悪友どもを振り払いきれず、ずるずるとファミレスに連れ込まれて、家に着いたのは門限の8時ぎりぎりだった。
 父親の車がなく、家には明かりひとつ灯っていない。おかしい。出かけるにしてもなにかひとこと伝言があるはず。今回は聞き逃したりしていないと思う。携帯にも連絡はない。父親と母親の携帯にそれぞれ電話をかけてみたが通じない。
 まさか、事故かなにか。
 いやな予感しかしない。
 この歳になって、ひとりが怖いなんていうつもりはないが、今まで、この時間帯に両親が黙って家を空けることはなかった。
 なんだか落ち着かず、鞄を玄関に投げ出したまま、自分の部屋に行く気もしなくてそわそわと居間をうろつく。
 時計の針は9時を回っている。
 我慢できず最後の手段、とうとう兄貴の携帯に電話をかけた。駄目だ。通じない。
 こんなときに限ってなんで出ないんだよ!
 がじがじと親指を噛みながら悪態をつく。
 そのとき。家の外で車のエンジン音が聞こえてきた。間違いなくうちの車庫に停まった。おれは居間を飛び出して玄関に向かう。スニーカーに足を突っ込んだとき、玄関のドアが開いた。
 現れた予想外の相手に、おれはその場で固まる。

「冬馬、そんな格好でどこに行くつもりだ」
「兄貴……」

 スーツ姿で白いビニール袋を提げた兄貴が立っていた。兄貴は後ろ手に鍵をかけるとあがり框に荷物を置いて、おれの顔に触れる。

「どうした?」
「か、母さんと父さんが」
「ああ、バレンタインだからふたりで食事に出かけている。レイトショーを観て帰るといっていたから、遅くなるだろう」
「――――な、」

 なんだよそれ。バレンタイン?
 そんなの今まで気にしたことなかっただろ!
 ていうか、それならそうと、ひとこといってくれたらいいだろ。なんで一緒に住んでるおれが知らなくて兄貴は知ってるんだよ。
 安堵と怒りが渦巻く。
 結局、おれは脱力してへたりこみそうになった。兄貴がおれの身体を支える。

「知らなかったのか。そうか、ひとりで淋しかっただろう」
「べ、べつにっ、ただ、事故とか遭ってるんじゃないかと思って」
「よしよし。もう安心だ。冬馬は優しいいい子だな」

 どさくさにまぎれて兄貴はおれを抱きしめて頭を撫でる。腕のなかでおれはもがく。

「ちょっ、子ども扱いすんな! 離せよ兄貴っ」
「冬馬、逢いたかった。ほら、顔を見せて」

 後頭部を掴まれ強引に上向かされる。目の前に兄貴の顔が迫る。
 やばい、と思った瞬間。

「…………っん、」

 兄貴に唇を塞がれた。舌先がくすぐるように唇を撫で、咥内に滑り込んでくる。いやだ、と思うのに身体が動かない。
 キスを中断してくれたのはおれの胃袋だった。ぐぅ、と空腹を訴える音に、兄貴は顔を離しておかしそうに笑う。

「ちょうどいい。冬馬の好きなハンバーグを作ろうと思って材料を買ってきた。もう少し我慢できるか」

 夕食は家で食べることになっているから、ファミレスでは唐揚げやポテトを少しつまんだだけだ。
 安心したら急に空腹を感じた。兄貴の強引なキスを止めてくれたのはありがたいが、恥ずかしい。おれは真っ赤になって頷いた。
 荷物を持って居間に入ると兄貴は眉をひそめた。

「こんなに冷えるのに、暖房もつけずにいたのか」
「あ」

 それどころじゃなくてうっかりしていた。暖房のスイッチを入れながら兄貴がうながす。

「先に風呂に入って温まっておいで。そのあいだに支度しておくから」

 逡巡のあと、おれは首を振った。

「いい。手伝う」

 おれはすっかり油断していた。緊張の糸がほどけて、兄貴に対する警戒心が薄れていた。
 兄貴は兄貴なのに。

「それならあとで一緒に入ろう」

 妙に上機嫌で誘う兄貴を全力で一蹴する。

「誰が! 断る!」

 おとなしく風呂に入っていればよかったんだ。



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