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□変態兄貴のできるまで
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 冬馬の可愛さときたら異常だ。
 幼い頃から変わらないさらさらの髪、黒目がちの瞳、すっと通った鼻梁。成長するにつれて生意気な口をきくようになった小さな唇さえも、いっそまるごと食べてしまいたいほどに愛らしい。
 おれの冬馬は世界一可愛い。

  ♣♣♣ 

 自分に弟ができる、と聞いたときには、正直それほど感慨はなかった。思春期まっさかりの息子を前に、少し決まり悪そうに、でも嬉しさを隠しきれない様子で「あんたに弟ができるのよ」と告げた母親に、おれは至極冷静に「へえ、それはおめでとう」とまるでひとごとのようにいったのを覚えている。
 どんどん大きくなっていく母親の腹部を、不思議なものを見るような気持ちで眺めながら、父親と分担して家事をこなした。受験シーズンだったが、高校進学はすでに推薦が決まっていたから気楽なものだったし、なかなか生まれてくる気配のない弟が気がかりだった。
 出産予定日は2月の頭だったが、なかばを過ぎてもなんの変化もなく、いちばん不安なはずの母親が「大丈夫大丈夫。この子はのんびりしてるだけよ」とどっしりとかまえていて、役に立たない男ふたりはなすすべもなくおろおろするしかなかった。

 そんなある日。
 ついに陣痛がはじまり、かかりつけの産婦人科にばたばたと駆け込んだあと、一時間もしないうちにあっさりと弟は生まれてきた。今までの粘りはいったいなんだったのかと思うくらい呆気ない出産だったという。
 母親いわく「ぽろっと生まれてきたわよ」。
 しかも弟は眠ったまま生まれてきたらしい。産声があがらないことに緊迫した空気が流れた瞬間、赤ん坊をとりあげた医者がひとこと。

『この子、寝てるわ』

 ぺしぺしと尻を叩くと、赤ん坊は目を覚まして仔猫のような声で「ふにゃー」と泣き出したそうだ。
 母親からその一連の経緯を聞かされたときにはもうすでに、おれはこの小さな弟にめろめろになっていた。
 生まれたばかりの弟は赤ん坊という呼びかたのとおり、全身が赤くてなにもかもが小さくて、その姿をひと目見たとたん、おれはすっかり心を奪われた。
 なんだこの可愛い生きものは。
 ほかにも赤ん坊はいたが、間違いなくおれの弟がいちばん可愛い。

 中学校生活最後の数日間を思い出づくりに励もうとするクラスメイトたちの誘いをすべて断り、おれは毎日病院に通い詰めて、飽きることなく弟を眺め続けた。
 そんなおれに母親は呆れたようにいった。

「あんた、今まで全然興味なんかなかったくせに」
「冬馬が可愛すぎるんだ」
「親馬鹿ならぬ兄馬鹿ね」

 冬馬の名付け親はおれだ。
 呑気な両親は弟の名前をなにも考えていなかったらしく、なにかいい名前はないかとおれに尋ねてきた。

「あんたは夏に生まれたから夏樹にしたのよね。お父さんの名前から一文字とって」

 わかりやすい由来でなによりだ。ちなみに父親は基樹という。それなら弟は冬生まれだから冬樹、というにはあまりに安直すぎる。なんとなくしっくりこない。だが、季節を取り入れるのはいいと思う。そうすればおれとお揃いだ。冬。訓読みなら「ふゆ」だが音読みなら「とう」。

「とう、ま」
「え?」
「冬馬、がいい。冬の馬と書いて冬馬」
「トーマ、ね。うん、いいんじゃない、呼びやすくて」

 父親もとくに異論はないようで、弟の名前はあっさりと冬馬に決まった。



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