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□兄貴襲来
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いつもと変わらない平和な朝。
低血圧のおれは例によって欠伸を噛み殺しながらふらふらと歩いていた。寒い。重ね着をしてもこもこになるのが嫌いなおれは、どんなに真冬でもシャツと学ランしか着ない。
まだ10月なのにこの寒さ。これから先のことを考えただけで朝から憂鬱になってくる。はあ、とため息をついたとたん、背後から衝撃を受けて思わずつんのめった。
「うわっ」
「なんかちょーだい。でないとイタズラするぞー」
背中に覆いかぶさってきた奴が耳許でそうほざいた。微かに息がかかってぞくりとする。
……って冗談じゃない。なんでこのくらいで反応するんだよおれの身体は。ありえねえ。
なにもかもあのくそ兄貴のせいだ。そう思うとふつふつと怒りがわいてきて、おれは容赦なく肘鉄を食らわした。
「ぐはっ」
背中が軽くなった。振り向くと、みぞおちのあたりを押さえながら小塚が恨めしげな目をしておれを睨んだ。
「なんだよー暴力反対!」
「うるさい。つーかいいかげん、おれの背後から近付くのはやめろ」
「お前はどこの殺し屋だ」
なにやらぶつぶつとつぶやきながら小塚は隣に並んできた。
「そうカリカリすんなよ。ハロウィンだからさ、ちょっとお茶目にふざけただけだろ」
「自分でお茶目とかいうな。ハロウィン?」
聞き返すと、小塚はうんとうなずいて続けた。
「トリック・オア・トリート。お菓子くれなきゃイタズラするぞって。……え、まさか知らない?」
初耳だ。おれの反応に驚いた顔をして小塚はわめく。
「えー! だってコンビニとかであんだけハロウィンコーナーあるじゃん」
「あったっけ?」
「あるよ! カボチャだらけじゃん」
「……ああ、」
そういわれてみればたしかに。デフォルメされたカボチャのキャラクタをあちこちで見かけた気がする。
「え、じゃああれか、あのカボチャのお化けが菓子を寄越せって迫ってくるのか」
「え、いや、えーと、どうだったかな」
「知らないのかよ」
呆れて小塚を見ると、小塚は唇を尖らせてぼそぼそといいわけをした。
「いいじゃん。ノリだよノリ」
ノリと勢いだけで生きているような小塚がいうと思わず納得してしまいそうになる。
「おはよう」
のろのろと歩きながらくだらないやりとりをしているあいだに後ろから近付いてきたらしい。肩越しに振り向くとクラスメイトの桐島が立っていた。
「おはよう」
「おはよー桐島。なんかちょーだい?」
懲りずにまたものをせびるお調子者の小塚に動じることもなく、桐島はあっさりと学ランのポケットから飴玉を取り出すと小塚のてのひらにのせた。
「サンキュー。桐島って甘党だったのか。飴持ち歩いてるなんて」
さっそく包装を剥いて飴玉を口に放り込む小塚に、桐島は小さく首を振って答えた。
「いや、出がけに父親から渡されただけ。もし誰かに迫られたらこれをあげなさいって」
「はふはななー」
「なにいってんのかわかんないよ」
飴玉はかなり大きく、小塚のほっぺたがぷっくりと膨らんでいる。うるさい小塚を黙らせるにはもってこいだ。
「草壁もいる?」
「いや、おれはいい」
即答したおれに微かに笑うと桐島はふと思い出したようにいった。
「そういえば最近、草壁のお兄さん見ないね」
小塚ならともかく、まさか桐島の口から兄貴の話題が持ち出されるとは思いもせず、おれは油断していた。
「そう頻繁にこられたらたまんねえよ」
すると、桐島は小首を傾げてとんでもない台詞を口にした。
「淋しくない?」
「――――は?」
淋しい、わけがない。むしろいなくてせいせいする。おれがそういうと、桐島は邪気のない目をしてぽつりとつぶやいた。
「でも、たぶん、お兄さんはすごく淋しがっていると思うよ?」