BLSS

□お父さんと一緒
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 6歳のときに「お父さん」ができた。
 そのときのことは、今でもはっきりと覚えている。

「今日から僕が君のお父さんになるんだよ。よろしくね、悠斗くん」

 まだ小さかったおれの前にしゃがんでそういった「お父さん」とは、それまでにも何度も会っていたし、母親と三人で一緒に出かけたりしていたので面識はあった。
 それまで、おれには「お母さん」はいたけれど「お父さん」はいなかったので、なんでだろうと不思議に思ってはいた。思ってはいたが、おれは無口な子どもだったから、たぶん、口に出して尋ねたことはない。
 ああ、この人が「お父さん」なんだ。
 6歳のおれは、あっさりとこの「お父さん」を受け入れた。

 それから約10年。

 高校生になったおれはその「お父さん」――父親とふたりで暮らしている。

  ♣♣♣

「悠斗、朝だよ」

 耳許で囁く声に、おれはゆっくりと瞼を持ちあげる。

「おはよう」

 おれの顔を覗き込んで、父親が無駄に爽やかな笑みを浮かべる。おれは目を擦りながら返事をする。

「ん……おはよ」
「あまり擦ったら駄目だよ。傷が付く」

 そういって、目を擦っていた手を掴まれ剥がされる。焦点をあわせようとせわしなくまばたきをしていると、ふっと覆いかぶさってきたものが唇に触れた。何度か繰り返し優しく触れたあと、寝起きで薄く開いたままのおれの唇を割って生暖かい舌が滑り込んでくる。

「ん……っ」

 ぬるぬると舌を搦めとられて声が洩れる。触れる角度を変えるたび、混ざりあった唾液がくちゅりと音を立てる。
 やばい。
 布団のなかで腰をもじもじさせながら、のしかかっている父親を押し戻す。父親は名残惜しげにしつこくおれの咥内をまさぐったあと、ようやく唇を解放した。
 同性のおれでも見惚れるような、精悍な顔付きが目の前にある。その瞳に、悪戯っぽい、ちょっと悪い笑みを含んで父親が囁く。

「目は覚めた?」

 おれはこくこくと頷く。ばっちり覚めた。いろんな意味で、強烈に。

「着替えておいで。ご飯の用意ができたから」

 なにもなかったようにそういうと、父親は寝室から出ていく。

「…………放置かよ」

 ギンギンに目覚めた下半身を持てあまして、おれは朝から盛大なため息をついた。
 そのあと、いわれたとおり、着替えてダイニングに行き、父親が用意してくれた朝食を食べた。
 父親はものすごくまめな男だ。
 母親が事故で他界してからずっと、家事をすべてこなし、おれの世話までしてくれている。小さかった頃はともかく、成長した今はおれだって家事の分担くらいはできる。それなのに、父親は、おれが気をきかしたつもりで食事の支度や掃除、洗濯をすると、あからさまではないが、なんとなく不機嫌そうな様子になる。

「ありがとう。でも悠斗はなにもしなくていいんだよ。全部お父さんに任せなさい」

 そういわれてしまう。
 もともと几帳面な性格なのは一緒に生活していてわかっていたけれど、なんだろう。おれのやりかたが気に入らないのだろうか。料理がまずいとか、洗濯物の畳みかたが気に食わないとか。
 そのわりに、父親が料理や掃除をしているときに「なんか手伝うよ」と声をかけると、とくに気分を害した様子はなく、むしろ少し嬉しそうに「ありがとう。じゃあこれをお願いするよ」と快く仕事を分けてくれる。
 気のせいかもしれないが、父親は、おれがひとりで自主的になにかをするのがいやなのかもしれない、と思う。
 食事を終えて、父親と一緒に出かける用意をする。といっても、おれはシャツの上に学ランを重ねるだけで準備万端だ。
 父親は水仕事のために捲っていた袖を下ろして、襟元にネクタイを通す。おれはこの、父親がネクタイをしめる仕草を見るのが好きだ。骨張った、しなやかな長い指が器用に動くさまに目を奪われる。
 おれは中学高校と学ランだから、ネクタイに憧れがあるのだと思う。なんていうか、おとなの男っていうイメージがあって。
 ぼうっと見惚れていると、結び目を調整しながら父親が尋ねる。

「どうした?」

 お父さんの手付きに見惚れていました、なんていえるわけがない。

「……や、ネクタイ、いいなって思って」

 おれの言葉に父親が目を細める。その左手の薬指には細いリングが光っている。

「そうかな。僕は、君の学ランのほうがいいと思うけど」
「え」
「詰め襟って、禁欲的でそそるね」
「……そっ、」

 そそるってなんだ。
 あんぐりと口を開けたおれに流し目をくれながらスーツに腕を通すと、こちらに向き直って父親が催促した。

「悠斗、いってきますのキスは?」
「……ん」

 おれより頭ひとつぶんはゆうに背が高い父親が、おれのほうに身を傾けてくれる。その肩に手を伸ばし、背伸びをして唇を重ねる。今度は、触れるだけの軽いキス。唇を離すと、父親がまたちょっと悪い笑みを滲ませて囁いた。

「爪先立ちでキスする悠斗、すごく可愛い」
「なっ」

 ふわりと頭を撫でられて顔が赤くなるのがわかった。ふるふると震えるおれに、父親はにっこりと包みを差し出した。

「はい、お弁当。今日も、悠斗が大好きなベーコン巻きウインナー、いっぱい入れておいたからね」



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