BLSS
□影のない男
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「……っん、」
びくんと身体が痙攣して、おれははっと意識をとり戻した。
馴染みのある単調な振動、独特の匂い。いつもと同じ、鮨詰めの車内。そのいちばん奥、壁ぎわの隅におれは立っていた。
違和感に息を呑む。
いつのまに電車に乗ったのか記憶にない。しかも、おれは壁に向きあうようにして立っていて、すぐ後ろに誰かがぴたりとくっついている。その誰かは、背後からおれの耳を舐めていて……、
「ひっ」
それだけじゃない。暑いのを我慢して着ていたスーツとシャツがはだけられ、冷たいものがおれの胸を撫でまわしている。さらにはスラックスも思いきり寛げられ、中途半端に脱がされた下着から、こんなところであらわにするはずのないおれのものが露出している。
背後から伸びた手がそれを握り込み、もてあそぶように刺激を与える。
「ひっ、な、なに……っ」
叫んだつもりがまともな言葉にならない。狼狽しまくるおれの耳許で、くくっと低く笑う声がした。
「ようやく目が覚めたか」
「っあん」
胸の先端と下半身をくりくりといじられて身体が跳ねる。信じられないような声が出た。あわてててのひらで口を覆う。
「ふ……、可愛いな、おまえ」
ねっとりと耳を舐めながら男が囁く。おれの背中から抱き込むように密着した男が、おれの尻に腰をすりつけてくる。硬いものがぐりぐりと押しつけられて、恐怖と嫌悪感に身体が強張る。
いったいなにが起きているのか理解できない。ただ、この状況から、自分が襲われているのだということはいやでもわかる。痴漢というにはあまりに堂々としていて、破廉恥きわまりないが。
間違いなく変質者だ。
「は、なせ、変態っ」
男の手を引き剥がそうとしてぎくりとする。肌触りのいい黒の長袖シャツ。思考が停止する。
これはまさか。
さあっと血の気がひいていくおれに、欲情しきった声がいう。
「おまえ、そうやって必死になると、さらにいい匂いがするんだな。ああ、今すぐ私のものにしてやりたい」
「――――っ!?」
ぐいっと頭を掴まれ振り向かされ、口を塞がれる。ぬるついたものがおれの舌に絡みついて舐めまわす。そうして、下腹部を握りしめた男の手が本格的な刺激を与えてくる。
「ん……うぅ……っ」
予想外の衝撃に思わず腰を引く。すると、挟み撃ちにするように後ろから股間を押しつけられる。逃げられない。口を塞いだ男の舌が、まるで生きもののように口腔を暴れまわる。酸欠と、敏感な部分に加えられる直接的な刺激に頭がくらくらしてきた。
怖くて気持ち悪くてしかたないのに、それでも身体は正直で。
「は……っん、ふぁ……っ」
いったん解放された唇からは言葉にならないあられもない声があふれ出す。頭を掴んで無理やり振り向かせたまま、おれの耳朶に唇を寄せて男が吹き込む。
「おまえの口のなか、甘くて蕩けそうだ。私は本当に運がいい。こんな極上の雌と出逢えるなんて」
かりっと耳朶に歯を立てられて身体が震える。
「……や……いや……ぁ」
ぶるぶると震えながら力なくかぶりを振るおれに男がうながす。
「おまえはなにもかも甘いんだろうな。出せよ。全部受けとめてやる」
唾液で濡れたままの唇をふたたび封じられ、男の手が容赦なく快楽へと追いあげてくる。
いやだいやだいやだ。
こんな……こんな公共の場で無理やり犯されるみたいにして吐精なんかしたくない。そう思うのに、生理的な欲求には抗えなくて。がつがつと貪るように口のなかを荒らされながら、おれは男のてのひらに体液を吐き出した。
♣♣♣
そして。
その日以来、おれは毎日のように男に身体をもてあそばれるようになった。
どんなに遠回りをして通勤路を変えても、男はかならずおれの前に現れる。乗り込む電車を変えても意味はなく、おれは男の思うまま、不本意な快楽をともなう吐精を強要された。
唯一の救いといえたのは、男は一方的におれの身体を好きなように扱うものの、その、実際におれを犯すことはなかった。
その危険を感じることはしょっちゅうだったが、男はなぜかぎりぎりで我慢しているらしく、荒い息を吐きながら耳を塞ぎたくなるような台詞をおれに吹き込むと、おとなしく身体を離した。おれの身体を散々舐めまわして匂いを嗅ぎまくったあとで。
もう、男に犯されるのは時間の問題だとわかっているのに、どうすることもできなかった。