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□兄貴とサンタクロース
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 冬馬がはじめてサンタクロースの存在を知ったのは、幼稚園のクリスマス会でのことだった。
 冬馬が通っている幼稚園ではクリスマスを先取りして、12月なかばの某日、クリスマス会が開かれる。幼稚園じゅうの園児たちが集まって歌を歌ったり、いちばん年長の子供たちが簡単な出しものをしたりして、その最後に、大きな袋を背負った男が登場する。
 目に鮮やかな赤い衣装に身を包み、真っ白い髭で顔半分を覆い隠したその男が現れると、園児たちはいっせいに歓声をあげて大喜びする、というのが毎年の流れらしい。
 だが、その年は違った。
 突然現れた異様な出で立ちの男を前にして冬馬は恐怖に駆られた。
 もともと人見知りをする性格で、おまけに、クリスチャンではないうえに舶来もののイベントごとにはいっさい無関心という両親が揃った草壁家。クリスマスという、世間ではあたりまえのように認識されている行事が草壁家の食卓の話題にぼるはずがなく、冬馬には予備知識がまったくなかった。
 日常で目にすることのないド派手な衣装をまとった大男の出現に怯えて冬馬は泣き出した。無理もない。
 さらに間が悪いことに、年少組のなかでも小さかった冬馬は最前列に座っていて、つまり、すぐ目の前に異様な格好をした大男がいるのだ。
 普段おとなしい冬馬が突然泣き出したことに、その場にいた先生たちはあわてふためいた。サンタクロースもあわてた。あわてて宥めようとしたが、見知らぬ大男に近寄られた冬馬はさらに怯えて余計に泣いた。すると、隣に座っていた子どももつられて泣き出した。サンタクロースはなすすべもなくおろおろするばかり。
 そのクリスマス会には保護者も参列していた。冬馬の母親もあまり気乗りはしなかったようだが一応顔を出していた。
 我が子の泣き声を聞いて、周囲の保護者たちに頭を下げながら急いで息子に駆け寄ると、先生たちはあからさまにほっとしたように母親を迎えた。

「冬馬、どうしたの」

 泣きじゃくる冬馬を抱き寄せると、小さな身体を強張らせたまま、悲痛な声で繰り返したという。

「にーちゃ、にーちゃ、うえっ、にーちゃぁ……」

 その日の夕方。
 母親から連絡があり、そのできごとを聞いたとき、なぜおれはその場にいなかったのだろうと心から悔やんだ。母親にそれを訴えるとうんざりした声が返ってきた。

「だって、あんたにクリスマス会のことなんか話したら絶対に行くってうるさいじゃない」

 当然だ。行くに決まっている。
 同じ親のもとで育てられたのだから、おれにとってもクリスマスというのは周囲が騒ぎ立てるほどの一大イベントではない。冬馬が生まれてからも、クリスマスは特別な日ではなく、もちろんケーキやプレゼントが用意されることもなかった。
 だが、冬馬にものごころがつきはじめた今、そんなことはいっていられない。
 おれが、冬馬のサンタクロースになってやる。
 うっかりしていたが、クリスマスというのは冬馬にプレゼントを贈る絶好のチャンスではないか。冬馬を甘やかしすぎだと口うるさい母親も、さすがに、小さな子どもの夢を奪ったりはしないだろう。
 母親はイベントに興味がないというより、たんに面倒なことが嫌いなのだ。それでも、きっちりすべきところは心得ていて、盆や正月、その他の通過儀礼に関しては重い腰をあげる。
 この堅実な母親と寡黙な父親とのあいだにいったいどんなロマンスが発生して夫婦になったのかは草壁家最大の謎だが、そのお蔭でこうして自分と冬馬が生まれてきたのだから感謝している。
 それに、クリスマスというのは、家族揃って団欒を過ごすものらしい。冬馬のために両親にも協力してもらおう。母親を巻き込めばおのずと父親もついてくる。母親さえ味方につけてしまえばあとはどうにでもなる。
 こうして草壁家のクリスマスははじまった。



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