BLSS

□お父さんの隣
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「あっ」

 ぎゅっと握られてとっさに腹部に力を入れる。そのときになって、下半身が違う意味で差し迫った状態にあることに気付いた。

「ト、トイレに行ってくる」

 父親の手から逃れて急いでベッドから降りようとすると背後から引き戻された。やばい。へんな汗がにじむ。

「どうして? ここでしてごらん」

 いや無理だから!
 無茶をいう父親に信じられない思いで胸のなかで突っ込みを入れる。そっちならともかくも今はそっちじゃないから!
 自分でもわけがわからなくなってきた。そうとう切羽詰まっているらしい。やばい。足が震えてきた。

「お、お父さん、お願い、トイレ」

 必死に我慢しているせいか言葉がカタコトになる。でもそのお蔭で父親も状況を察したらしい。

「どうしても行きたい?」
「ん」

 小刻みにうなずいて訴えるとようやく聞き入れてもらえた、けれど。
 なぜか父親に抱きあげられてトイレまで運ばれたあと、当然のようにドアのなかまでついてきて。追い出そうとしたけれどもうそれどころじゃなくなって、結局、父親に見られながらもなんとかことなきを得てほっとしていたら、そのままトイレのなかで、あらわになった下半身を弄ばれて。半泣きになりながらぐったりした頃になって、やっと解放された。

  ♣♣♣

 昨日まで降っていた雨はあがって一面の青空が広がっていた。
 いつものように父親と一緒に駅へと向かい、電車に乗る。土曜日の昼前という時間帯のためか、あの毎朝の殺伐とした満員電車とは打って変わって車内はのんびりした空気が漂っていた。うながされるまま、父親と並んで席に座るとおれは無言でうつむいた。
 隣から視線を感じる。
 あのあと、おれは恥ずかしくてたまらなくなって、まともに父親の顔が見られなかった。一緒に寝るし、お互い裸で風呂にだって入るけれど、トイレに一緒に入ることはさすがにない。小さな頃ならまだしも、高校生にもなって排泄を人に見られるのは恥ずかしい。
 ましてや、大好きな父親に。
 めそめそと泣くおれの機嫌を取るために、父親はあの手この手でおれを宥めようとしてくれたけれど、どうしても素直になれなくて、ダメだと思うのにふて腐れたような態度を取ってしまって。
 父親はいつも優しいけれど、おれが寝起きのときや、夜ベッドの上では、ときどきすごく意地悪になる。
 たぶん今日もそうだったんだと思う。父親のことを怒っているわけじゃないのに、いつもみたいに接することができなくて、こんな態度を取ってしまう自分が嫌だった。せっかく父親がこうして誘ってくれたのに。楽しみにしていたのに。
 かたくなにだんまりを決め込むおれに呆れたのか、父親は無理に機嫌を取るのをやめて、必要最低限のことだけを話しかけてくる。
 父親に嫌われたらどうしようと思うと、指先が冷たくなって身体が強張っていくのがわかった。

「悠斗、おいで、降りるよ」

 いくつめかの駅で電車が停まると、父親がそういって立ちあがった。ぼんやりしていたおれはあわてて父親のあとについてホームへと降りる。
 目的の美術館がある街は、駅前にショッピングモールが展開していて雑多で賑わっていた。人出が多い。人混みがあまり好きじゃないおれは怯みながらも、父親とはぐれないように必死にあとを追う。何度か足を止めて振り返っておれの姿を確認していた父親は、おれの腕をひっぱって隣に並ばせるといった。

「僕の目が届くように隣にいなさい」
「……う、ん」

 おそるおそる父親の顔を窺う。目が合うと、父親は口許に笑みを浮かべておれの背中に腕をまわした。



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