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□桐島くんといっしょ
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【桐島くんといっしょ】語り:桐子

 ***

とある街のとあるマンションのひと部屋に、小さい桐島くんとお父さんはふたりきりで暮らしていました。ほんの数ヶ月前までは、ここに桐島くんのお母さんも一緒に住んでいました。
けれど、お母さんは事故で命を落としてしまい、今はもうどこにもいません。
桐島くんはお母さんのことが大好きでした。
もともと、桐島くんとお母さんはふたりで小さなアパートに住んでいたのです。だけど、ある日とつぜん、お母さんから知らない男の人を紹介されました。
それが今のお父さんなのです。
小さい桐島くんはとてもおとなしい子でしたので、知らない人とお話をするのは苦手でした。知らない人はこわいからです。なので、はじめてこの男の人と会ったときには、ひとこともお話することができませんでした。
でも、男の人は、そんな桐島くんをとても優しい表情で見ていました。

それから何度か、お母さんとその男の人と一緒に三人でお出かけしたり、外でごはんを食べたりして過ごすうちに、しだいに桐島くんは男の人とお話できるようになっていったのです。
男の人は、小さい桐島くんにいつも優しく接してくれました。大きい男の人からそんなふうに優しくされることは今まであまりなかったので、桐島くんはなんだかくすぐったいような、でも嬉しいような気持ちになりました。
やがて、その男の人から
『今日から僕が君のお父さんだよ』
といわれたとき、ずっとお父さんがいなかった桐島くんは、ああ、この人がお父さんなんだ、と素直に受け入れることができました。
その頃には、桐島くんはこの男の人を好きになっていたのです。
こうして小さい桐島くんは、お父さんと同じ名字に変わり、桐島くんという名前になったのでした。

お母さんがいなくなった頃のことを、小さい桐島くんは覚えていません。
桐島くんは、ちゃんと生きて、目を開けて、耳も聞こえていたけれど、小さな身体と心にはとても抱えきれないほどの恐怖と悲しみに襲われたため、人形のようになってしまっていたのです。
優しくて、あたたかくて、柔らかい。そんな大好きなお母さんを、まだ小さい桐島くんはうしなってしまったのです。
お母さんはもういないのです。
桐島くんはまだ幼かったけれど、その事実をちゃんと理解していました。
だから人形のようになってしまったのです。
そして、もっと恐ろしいことに気付いていました。
もし、お父さんがいなかったら。そうしたら、桐島くんは本当にひとりぼっちになってしまっていたのです。
小さい桐島くんにはもう、お父さんしか、頼れるおとなの人がいません。だけど、お父さんが桐島くんのお父さんになってくれたのは、お母さんがいたからです。お父さんがお母さんのことを好きだったから、お父さんは自分にも優しくしてくれたのだと、小さい桐島くんはそう思っていたのです。

桐島くんは人見知りで、なかなか人とお話できないので、実際年齢よりも幼く見られたり、ものごとを理解する能力がまだまだ乏しいと思われがちでしたが、言葉にできないだけで、身体のなかではしっかりと、むしろ同じ年頃の子供よりも遥かに、なにかを感じたり考えたりする力を持っていました。
だから、お母さんがいなくなった今、お父さんは桐島くんを置いてどこかへ行ってしまうのではないかと、とてもこわくなりました。
人形のように、自分の意思では動けない身体のなかで、小さい桐島くんはひどく怯えていたのでした。
けれども、そんな桐島くんを、お父さんは大事な家族だといってくれたのです。どこへもやらない、ずっと一緒に暮らそう、と。
その言葉が、凍りついた桐島くんの身体と心を溶かしてくれて、少しずつ、またお父さんとお話したり、自分で動いたりできるようになりました。
それでも、桐島くんの心に、いつかお父さんに置き去りにされるかもしれないという不安と恐怖は刻み込まれていて、そうならないためにも、お父さんに嫌われないよう、ちゃんといい子でいなくてはいけないと思うのでした。



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