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□優しい嘘
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あたしの名前は桜。
春に生まれたからこの名前を付けたんだって、お母さんがいってた。単純な命名理由だけど、あたしはこの名前が気に入ってる。
あたしの名付け親は両親じゃなくて、歳の離れたお姉ちゃん。お姉ちゃんは、なんていうか、少し変わってる。
そのお姉ちゃんの話をしようと思う。
お姉ちゃんの名前は百合。そう、あたしと同じ花の名前。
でも、どうやらお姉ちゃんは自分の名前があんまり好きじゃないみたい。あたしはお姉ちゃんにぴったりの名前だと思うんだけど。
まっすぐに伸びた茎に凜と咲く真っ白な花。あたしの中ではお姉ちゃんは白百合のイメージ。花言葉とかは知らないんだけど、なんとなく、ね。
お姉ちゃんはときどき男の人と間違われる。すらりと背が高くて痩せてるし、着るものにも頓着しなくて、男もののシャツにジーンズという格好ばかりしてるから、無理もない。
さらさらのきれいな髪をしてるのに、肩より下に伸ばすのが嫌みたいで、伸びてくると鬱陶しそうに手で払って、見かねたお母さんが切ってあげてる。でないと、美容院に行くのが面倒だっていって、自分で適当にバサバサと切っちゃって、目もあてられないことになるから。そういう無精なところも見た目もお父さんにそっくりだって、お母さんはいう。
そんなお姉ちゃんは、今年で27歳。
もうすぐ中学生になるあたしから見れば、ものすごくおとな。結婚していてもおかしくない歳だし、仕事に打ち込んだり趣味に没頭したり、人生を謳歌していてもいい年ごろだと思う。
だけど。お姉ちゃんは飄々と毎日を過ごしてる。
お姉ちゃんは夜、知り合いがやってるお店で働いていて、それ以外の時間は家で寝てるか煙草を片手に本を読んでる。
そして、ときどきふっと帰ってこなくなる。
お姉ちゃんには、小さかったころから失踪癖がある。いつもどおりに出かけて、なにもいわずにそのまましばらく帰ってこなくなる。
子どものころは、なにか犯罪に巻き込まれたんじゃないかと両親も心配して、警察に捜索願いを出したり、自分たちで必死に捜したりしたらしい。
それはそうだ。
今のあたしくらいの歳の女の子が突然いなくなったら、親はすごく心配するだろう。あたしだって、もし友達がある日突然いなくなったら心配だもん。
お姉ちゃんは何度か警察の人たちに保護されて家に連れ戻されたらしいけど、それでも失踪癖は治らず、両親ももう諦めて、とにかく連絡だけはするように約束をさせて、自分から帰ってくるまでじっと待つようになった。
失踪期間はまちまちで、すごく短いこともあれば、半年近く帰ってこないこともある。
今でも、お姉ちゃんはときどきふらっといなくなる。
そのたびに、もしかしたらもう帰ってこないんじゃないかとあたしは怖くなる。妹のあたしがこんなに不安なんだから、両親はきっともっと不安だろう。
だけど、両親はお姉ちゃんを引き留めたり諭したり怒ったりしない。お姉ちゃんの意思に任せてる。
あたしが今よりまだ小さかったころ、お姉ちゃんがいなくなるのが不思議で、すごく不安で、お姉ちゃんに聞いたことがある。
「お姉ちゃん、なんでいなくなるの? どこに行くの?」
お姉ちゃんはふだん感情があまり表に出ないタイプで、そのときも、少しだけ困ったような顔をしてあたしを見た。そして小さくつぶやいた。
「ごめんね」
それは、答えられないことを謝ったのか、それともほかの意味があったのか、あたしにはわからなかった。
けど、それ以上聞いたらいけないような気がして、あたしはそのときからお姉ちゃんの失踪に関しては口を出さないことにした。
たぶん、両親もあたしと同じなんだと思う。