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□三週間後
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 若月さんと付き合うことになってから約三週間。
 師走はじめの週末を利用して、なぜか里帰りをすることになり、今わたしは電車に揺られている。
 隣には若月さんがいて。
 窓際の席に座っているわたしがふとそちらを見るたびに目が合う。
「あの、席代わりましょうか」
「どうしてです?」
「だって若月さん、ずっとこちらを見ていらっしゃるから、外の景色が気になるのかなと思って」
 わたしがそういうと彼は目を細めて笑った。
「気になるのは景色ではなくあなたです」
 臆面もなくいわれてわたしは耳まで赤くなる。あわてて視線を逸らして窓に額を押し付ける。
 若月さんって。
 付き合いはじめてからの若月さんはずっとこんなかんじで、ふたりきりになるととたんに甘い言葉をささやいてくる。それも、からかっているふうでもなく、至ってまじめな顔付きでそんなことをいうので、そのたびにわたしはどうしていいのかわからずに狼狽してしまう。
 今回の里帰りも若月さんの提案だった。
 彼は最初から、わたしの祖父母に挨拶に行きたいといってはいたけれど、まさかこんなに早くその日が来るとは思ってもいなかった。
 若月さんはそういうところはとくにきっちりしていて、あれよあれよというまに段取りが決まってしまったのだ。
 そうして今に至るわけで。
 新幹線で広島駅まで来たあと、在来線に乗り換えてさらに移動している。実家の最寄り駅まで智兄が迎えに来てくれることになっていた。
「遠くてすみません。お疲れじゃありませんか」
「いえ。遠征はひさしぶりなので楽しいです。それに、あなたと一緒なら何時間でもこのままでかまいません」
「……っ」
「ですが、実は少し緊張しています。手を握ってもいいですか」
 若月さんの言葉に驚いて顔をあげる。彼の表情はふだんと変わりなく見える、けれど。交際相手の家族のもとに挨拶に行くなんて、それはたしかに緊張するだろう。逆の立場だったら、わたしも今以上にドキドキしていると思う。
 うなずいたわたしの手を掴む指先はとても冷たい。心配になって顔を覗き込むと、若月さんは神妙な顔付きをしていった。
「緊張が解けるまじないがあるのですが、お願いしてもいいですか」
「え、はい、あの、わたしでお役に立てるなら」
 若月さんの口からおまじないなんて言葉が出てきたことにびっくりする。驚いたわたしに彼が顔を近付けてくる。え、と思った瞬間、唇に柔らかいものが触れた。二度三度と軽く唇を重ねて、若月さんはいたずらっぽく笑った。
「わ、若月さん?」
「ご馳走さまです」
 しれっとしたようすでつぶやく彼に、わたしはぐったりと脱力する。
 緊張なんて絶対にうそだ。真っ赤な顔で恨めしく見あげるわたしに、彼はにっこりと笑ってささやいた。
「そんな顔をされると、もっとしたくなります」
 若月さんって。
 そんなことをしているうちに最寄り駅に到着した。






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