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□プレゼントにはリボンをかけて
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 連日、若月さんが細やかな看病をしてくれたおかげで風邪をこじらせることもなく、わたしはまもなく快復した。
 いちばん心配だったのは、若月さんに風邪がうつってしまわないか、ということだったけれど、幸いそれは杞憂に終わってほっとした。

 師走も下旬に入り、職場の雰囲気も年の瀬を意識したものに変わり、なんだかあわただしい。休んだぶんしっかり働かなくちゃ、と黙々と作業をしていると、ぽんと肩を叩かれた。

「お昼よ。そろそろ切り上げて、よかったらたまには外に食事に行かない?」

小沢さんだった。

「あっ、はい。ありがとうございます」
「あわてなくていいわよ。ちょっとお手洗いに行ってくるから、待っててね」
「はい」

 ファッション雑誌のモデルみたいに非の打ちどころのない美貌を、シンプルだけど上質な洋服に包んだうしろ姿をぼんやりと見送る。見惚れる、といったほうがいいかもしれない。
 ふと、視線を感じて振り返ると、若月さんがこちらを見ていた。目が合うと、彼は柔らかな笑みを浮かべる。そのやさしい眼差しに、頬が熱くなるのが自分でわかった。どうしたらいいのかととまどって、思わず目を伏せてしまう。ふつうに笑顔を返せばよかったのだ、と気づいたけれど、若月さんを見るとへんに意識してしまって、あたりまえのことができなくなる。

 思いきり視線を逸らしてしまったけれど、若月さん、気をわるくしていたらどうしよう。うつむいて青くなっていると、すぐそばにひとの気配がした。小沢さんが戻ってきたのだと思って顔をあげたわたしは、あっと目を見開く。
 若月さんが立っていた。
 彼はすこし身を屈めて、わたしを覗き込みながらささやいた。

「大丈夫ですか。あまり無理をなさらないほうがいい。まだ本調子ではないでしょう」

 職場の後輩の体調を心配して声をかけてくれた。だれが聞いてもおかしくはないそんな言葉なのに、相手が若月さんというだけで、わたしは過剰に反応してしまう。

「すみません」

 ふたたび真っ赤になって消え入りそうなか細い声でそういってから、はっとしてわたしは口を押さえる。おそるおそる窺うと、若月さんは悪戯っぽい笑みを浮かべてわたしを見下ろしている。いまのは、謝るのではなくお礼をいうべきところだった。

『必要以外でぼくに謝ったら襲いますよ』

 以前、冗談っぽくそういった若月さんは、その言葉を忠実に実行に移している。つまり、その。思い出して耳まで赤くなったわたしに、まるでなにもかもお見通しというふうに、若月さんはちいさく笑った。恥ずかしい。
 いたたまれない気持ちでうつむいていると、背後から救いの声が聞こえた。

「ちょっと。桜庭さんをいじめるんじゃないわよ」
「いじめるわけないでしょう。人聞きのわるい」

 戻ってきた小沢さんにしれっと答える若月さんは、さっきまでとは違う、ふだんどおりのポーカーフェイスに戻っていた。

「あたしたちはちょっと出かけてくるから。あ、そうね、若月はお弁当でしょ?桜庭さんの代わりに、みんなにお茶いれてあげて」
「えっ」

 驚いて声をあげたわたしにかまわず、若月さんはあっさりと承諾した。

「わかりました。ごゆっくりどうぞ」
「あ、あの、そんな」
「大丈夫。たまにはいいでしょ。いつも桜庭さんが気を遣ってくれてるんだから」
「いえ、あの、それはわたしが勝手に」
「どうぞお気になさらず。昼休みがなくなりますよ。いってらっしゃい」
「ほら、行きましょ」

 小沢さんになかば引きずられるようにして、わたしは席を立った。

「あの、若月さん、すみません」

 振り向いてそういったわたしに、すこし呆れたような、おかしそうな目をして若月さんは微かに笑った。
 いまのは謝るところだよね? わたし、間違ってないよね。
 そう思うけれど、最後に見た若月さんはなんだか意地悪そうな笑みを浮かべていて、わたしはますます頭に血がのぼってしまった。
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