NL
□甘いのがお好き
1ページ/7ページ
2月に入ると、どこのお店もすっかりバレンタイン仕様になってきた。
わたしの故郷の田舎ではそこまで浸透していなかったけれど、都会に出てきて、いままでいた職場では男性陣にチョコレートを配る習慣があったので、この行事のことは知っている。
だけど。
好きなひとにチョコレートを用意したことも、あげたこともなくて。
例のごとく、小沢さんに相談することにした。
お昼休みの給湯室。
お茶の用意をしながら、傍らの小沢さんに切り出した。
「あの、ちょっとご相談があるんですけど」
「あら、なあに?」
「バ、バレンタインのことで」
とたんに、小沢さんはいたずらっぽい目をして笑顔になる。からかわれるのかな、とどきどきしていると、小沢さんはふっと真顔になって声をひそめた。
「ひょっとして、バレンタインを知らない、とか」
「あ、いえ、それはいちおう知っています。まえにいた職場で、女性陣から男性にチョコレートを配る習慣があったので」
あわてて首を振って答えると、小沢さんはふたたびいたずらっ子のような顔をして笑った。
「そう。あ、ちなみに、ここでは義理チョコは禁止だから」
「え」
「圧倒的に男性のほうが多いでしょう? 女性陣も大変だし、お返しがあること前提で義理チョコを配るなんて、結局、男性側に負担がかかるだけ。まあ、それでもかまわないっていう男性もいるけどね」
「はあ」
そういわれてみるとたしかに、小沢さんのいうことはもっともだと思う。
いままでは、この時期になると当然のように女性陣で特設売場へ行っていたから、それがあたりまえなのだと思っていたけれど。
「かといって、なにもないのも味気ないでしょ。だから、お茶の時間にちょっと甘いものを添えて出すの。それでじゅうぶんに喜んでもらえるわ」
そういって小沢さんはにっこりと笑う。
「もちろん、本命はべつよ。そこまでは会社が口を出すことじゃないもの」
本命、という言葉に思わず顔が赤くなるのがわかる。
「若月にあげるんでしょう。相談ってそのことかしら」
「は、はい」
小沢さんは鋭い。
「なにをあげたらいいのか悩んでる、というわけじゃないわよね」
わたしはこくこくとうなずく。クリスマスのときとは異なり、今回は、あげるもの自体に頭を悩ませる必要はない。けれど。
「あの、やっぱり、手作りのものをあげたほうがいいんでしょうか」
それが問題だった。
「そうねえ。付き合ってるのなら、手作りのほうが愛情が込められてると思われやすいし、若月にあげるなら断然、手作りしたほうが喜ぶわよ」
「そ、そうでしょうか」
「あたりまえじゃない。あの若月よ? 桜庭さんからもらえるならなんでも喜ぶだろうけど、それが手作りだったらなおのこと。ありがたがって、食べずに飾っておくかもしれないわね」
「そ、そんなことは」
「やりかねないわよ」
クリスマスのときといい、小沢さんのなかで、若月さんはいったいどんなふうに思われているんだろう。
そんなことを考えていると、小沢さんがふいに合点がいったというようにわたしを見つめる。
「あ、そうか、桜庭さん、手作りのチョコを贈るのははじめて?」
「はい」
「大丈夫よ。簡単にできるから。本格的な手作りでなくても、ちょっと手を加えるだけで失敗せずに作れるものも市販されているし。よかったら、いっしょにお店に行ってみる?」
「えっ、いいんですか」
ぱっと顔をあげると、小沢さんはにこにこしながら快くうなずいてくれた。