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□可視光線
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「ゆっくり休んでいてください」
そういって若月さんは部屋から出ていった。
わたしはおとなしく布団をかぶって両手で顔を覆った。すごく熱い。昨日からずっとこんな状態で、たぶんものすごくひどい顔をしている。そんな顔を若月さんに全部見られたなんて。恥ずかしくてまた泣いてしまいそうで。
いっしょにお風呂に入りましょう、と信じられないことをいわれて、ほんとうに若月さんとお風呂に入ることになって。身体を洗ってあげます、という若月さんの言葉にとんでもないと思ったけれど、身体に力が入らなくて自分ではどうしようもなくて。
結局、若月さんのいうとおり、髪の毛から足の先まで洗ってもらうことになって。
若月さんはとても優しかった。
申し訳なくなるくらいに、すごく丁寧に身体を洗ってくれて。でも、途中からなんだか雲行きが怪しくなってきて。
え、え、え、と動揺しているうちにそれはどんどんエスカレートしてきて、いや、といってもやめてくれなくて。
背後から抱き込まれて、少し掠れた声で「いやですか? ほんとうに?」とささやかれると、どきどきしてわけがわからなくなって、また泣いてしまって。
「すみません。あなたがあまりにも可愛らしくて、つい」
と謝りながらそっとキスをしてくる若月さんは、ほんとうに意地悪だと思った。
台所をお借りします、といっていたので、若月さんは食事の支度をしているのだと思う。そういえば、昨日のお昼からなにも食べていない。お腹が空いていた。
なにかお手伝いしないと、と思うのだけれど、身体が動かない。痛みはないけれど、全身が熱くてとてもだるい。
若月さんと、その、そういうことをしたあとは、こんなふうになることが多いけれど、若月さんは大丈夫なのかな。疲れているんじゃないのだろうか。
ときどきものすごく意地悪だけど、若月さんはとても優しい。
なんとか起きあがろうとしたけれどやっぱり無理で。諦めて布団に突っ伏したとき、枕元にある眼鏡に気づいた。若月さんのものだ。
昨日、この部屋に入ってきたときに外してからずっとそのままだった。お風呂に入っているあいだはともかくとして、いまは眼鏡がなくても平気なのだろうか。
眼鏡をしていないときの若月さんは、少し、怖い。
お付き合いをはじめて、こうしてふたりで過ごすようになってから気づいたのだけど、若月さんはいつもまっすぐに相手を見つめる。ちょっとたじろいでしまうくらいに強い眼差しで。
眼鏡を外すと、それがさらに顕著になる。ふだんは穏やかな雰囲気をまとっているのに、レンズ一枚を取り払っただけで印象ががらりと変わる。鋭さが際立つ。もともと有能なひとだとは思っていたけれど、その眼差しをまえにするとあらためてそれを実感させられる。
以前、小沢さんからちらりと聞いた、よその会社にいた若月さんを所長が引き抜いてきたという話を思い出す。
手を伸ばして眼鏡を引き寄せる。
勝手に触ってはいけないと思うけれど、いまは好奇心のほうが勝っていた。眼鏡を必要としないわたしはこうして眼鏡に触れる機会がない。折りたたまれていた蔓(つる)を広げて顔に近づけ、レンズを覗き込む。
…………え。
レンズ越しに天井を見あげて、わたしは思わず瞬きを繰り返す。透明なガラスの向こうに見慣れた風景がはっきりと見えた。