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□チェックメイト
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身のほど知らずの恋だった。
高校時代、ひそかに憧れていた先輩と偶然再会して。だけど、接点なんてなかったから、向こうはあたしのことなんか覚えていないと思っていたのに、先輩はあたしを覚えていてくれて。
「鳳来(ほうらい)の幼馴染みの、しーちゃんでしょ?」
そういわれてびっくりした。
たしかに、家が近くて、子どものころによく遊んでもらった鳳来高哉くんと先輩は同級生だったけれど。あたしが知る限り、ふたりは友人という間柄ではなかったし、どちらかといえば、静かに反目しあっているように見えた。
校則違反ぎりぎりまで服装をカスタマイズしていた先輩と、まじめを絵に描いたような生徒会役員兼風紀委員の高哉くん。
高哉くんは先輩を快く思っていなかったし、先輩も、高哉くんを少し馬鹿にしたような目で見ていたと思う。
だから、卒業して数年が経つとはいえ、先輩がそんなふうに親しげにあたしに話しかけてきたことに驚いた。
まるで親友の妹にでも会ったような態度だった。
でも、嬉しかった。
先輩に対するあたしの想いは、恋ではなく憧れで、付き合いたいとかそんなふうに思ったことはないし、ただ見ているだけで満足という、とても幼いものだった。
地味で目立たない生徒だったあたしを、学校内の人気者だった先輩が覚えていてくれた。
それだけでもう、あたしはじゅうぶんに満たされて、高校時代の淡い思い出に鮮やかな彩りを添えられた。
そう、思っていたのに。
なにかが狂ってしまった。
*****
財布や携帯すら入っていない軽い鞄を持って、あたしはふらふらと歩いている。綿のうえを歩いているみたいに、足許が覚束ない。
黄昏時で、あたりは薄暗い。背後から迫ってきた自転車がふらつくあたしにぶつかり、鋭くブレーキを踏む。衝撃でアスファルトに転んだあたしを振り返り、制服姿の高校生らしい男の子が苛立たしげに怒鳴る。
「っぶねーだろ! ふらふら歩いてんじゃねえよボケ!」
冷たいアスファルトにしゃがんだまま、あたしはゆるゆると顔をあげる。反応のないあたしを薄気味悪そうな目で見て、男の子はふたたび自転車を漕ぎ出す。
転んだ拍子に落とした鞄の蓋が開いて、中身が飛び出していた。早くそれを拾わなくてはいけないと思うのに、身体が動かない。
それがないと、これからしようと思っていることができない。
鈍い光を放つナイフ。
あたしが動くより先に、伸びてきた手がそれを拾い上げた。