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□はじめてのクリスマス
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「あ、今日は晩ご飯用意しなくていいから」
朝食の席でわたしは「彼」にそう告げる。
「どこかで食べていらっしゃるのですか」
生真面目な口調で尋ねてくる「彼」に首を振って答える。
「クリスマスイヴでしょ。チキンとケーキ買って帰るから、それで夕食にしよう」
わたしがそういったとたん「彼」がガタンと音を立てて立ちあがる。なにごとかとぎょっとするわたしに、珍しくあわてたようすで「彼」がいう。
「クリスマスには前夜祭があるのですか?」
「え、あ、うん。むしろイヴがメインみたいな感じになってるかも。ってあんた、クリスマスは知ってるんだ?」
意外だった。異星人の彼にはまったく馴染みのないイベントだと思っていた。
…………。
イエス・キリストって、宇宙レベルの救世主じゃなかったよね?
「大家さんから教えていただきました。日本では、イエス・キリストの生誕を祝う日というよりは、家族や恋人たちが絆を深めるための一大イベントだと」
「彼」の説明を聞いて思わず納得した。
ていうかほんとう、大家さんと馴染んでるよね、あんた。
「迂闊でした。私はクリスマスは明日だとばかり思っていました。イヴというものが存在したとは」
見たことがないくらいに落ち込んでいる「彼」をまえに、唖然としつつも、わたしはとりあえず彼を宥める。
「いや、べつにあんたがそんなに気にすることないんじゃないの。まさか、キリスト教徒ってわけじゃないでしょ?」
想像したらかなりシュールだ。
「違います。わかりました。イヴの用意は私が致します」
「へ? いや、いいって。って、もしかして、クリスマスの用意はしてるの?」
「もちろんです」
驚いた。そんなそぶりはまったく見せなかったのに。ちょっと、いや、かなり不安だ。
「わかった。明日は任せるから、今夜はテイクアウトにしよう」
「しかし、」
「なんでそんなにこだわるのよ」
「彼」には完璧主義のきらいがあるのはうすうす気付いていたけど。
「はじめてのクリスマスなのですよ、月子さん。おろそかにするわけにはいきません」
…………はい?
「恋人たちの絆を深めるための日なのでしょう? 月子さんに私をアピールする絶好の機会ではありませんか」
いや、あんた間違ってるから! いろいろと!
「と、とにかく、今夜はわたしが仕切るから! 仕事が終わったら連絡するから、あんたは荷物を取りに来てくれたらいいの」
「お迎えにあがってもよろしいのですか?」
「荷物持ちだからね」
そうつぶやいたわたしの声が聞こえなかったのか、それともあえて聞き流しているのか「彼」は至極まじめな顔付きでわたしを見る。
さっきまでの動揺は微塵も感じさせない見事なポーカーフェイスだ。その顔で彼はのたまう。
「デートですね」
「違うわよ! なんであんたは変なところでそうポジティブ思考なのよ!」
まあ、「彼」のお蔭で、去年まで元恋人と過ごしていたクリスマスを思い出すこともなく、感傷的にならずに済んだわけだけど。
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なんだかんだいいつつ「彼」との暮らしにもけっこう馴染んできたようですね、月子さん。
がんばって。
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