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□そんな彼氏と彼女の話
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木曜日。
定休日で仕事が休みの咲は、例のごとく部屋で炬燵にもぐり込んでごろごろしていたのだが、図書館から借りていた本の返却日が今日だったことを思い出し、あわてて着替えると本を抱えてアパートを飛び出した。
それが午後4時まえのこと。
咲が利用するのはアパートから歩いて片道30分ほどのところにある市立図書館で、本を読むのが好きな咲はよくお世話になっている。
往復するだけで1時間もかかるのが難点だが、生活費を稼ぐのが精いっぱいで娯楽にあまりお金をかけられない咲にとって、なくてはならない、ありがたい公共施設だった。
借りていた本のうち残り一冊はまだ読み終わっていなかったので、受付でその一冊だけ貸し出し期間を延長してもらい、ほかにまた新しく借りる本を探すために時間をかけて書架を見てまわる。
まずは新刊コーナーをチェックして、それから小説の棚へと移動し、ずらりと並んだ背表紙を一冊ずつ眺めては目に留まった本を手に取り、物語の最初の1ページをざっと斜め読みする。それで面白そうだと思ったものを借りることにする。
これが咲の本の選びかただ。
文庫や新書なら、裏表紙におおまかなあらすじが書いてあるのでそれを参考にするのだが、ハードカバーの本はあらすじの説明がないものが多いので勘で選ぶ。
これはこれでなかなか楽しい。
そんなふうに本を選んでいるとあっというまに時間が経ってしまう。
窓際の書棚を眺めていた咲は、窓の向こうがすっかり暗くなっていることに気付いてあわてた。時計を持ち歩いていないので、館内を足早に移動して壁に掛けられた時計を確認する。6時を過ぎていた。
咲は青くなって、借りるために両手に抱えていた本を受付に持っていく。カードを出して貸し出し手続きをすませると、重たいハードカバーの本をバッグに収めてドアへと急いだ。
焦っていた咲はまえを見ていなかったため、自動ドアから入ってきた人物にもろにぶつかってしまった。
「す、すみませんっ」
勢いよくぶつけた鼻を押さえて涙目になりながら謝る。顔をあげた咲は、見知った人物の姿に目を見開く。
「あれ、さきちゃん?」
相手もびっくりした顔で咲を見ている。愛嬌のある顔立ちにつんつんに立てた髪の毛、そして見慣れた学生服。
「え、と、木下くん?」
「ピンポーン! なにしてんのこんなところで、って、本を読みにきたに決まってるじゃんねー」
木下は相変わらずの陽気さで勝手に自己完結すると、咲の手にある膨らんだバッグを見て目をまるくした。
「え、さきちゃん、そんなに本借りるの?」
オープン式のバッグなのでなかの本が見えている。今日の咲は五冊借りていた。
「う、うん」
「すげー! おれなんか3ページ読むのが限界だもん。字ばっかりの本って眠くなるんだよねー」
あっけらかんとそんなことをいう木下にぽかんとしていた咲は、はっとして尋ねた。
「あの、草太くん、一緒じゃない、ですよね」
尋ねながら、どう見ても目のまえには木下ひとりしかいないことを確認して、咲の声は尻窄まりになっていく。
「鹿島? 今日は部活じゃなかったかな。えっと、待ち合わせ?」
「部活」
咲はきょとんとしてつぶやいた。草太だって高校生なのだ。クラブ活動をしていても不思議はない。だけど、咲は今まで草太から部活の話を聞いたことがなかった。
ちょっとぼんやりとしていた咲は、今はそれを気にしている場合ではないと思い出して、木下の問いに答える。
「待ち合わせというか、」
言葉に詰まる。咲の仕事が休みの月曜日と木曜日、約束をしたわけではないが、夜になると草太がアパートにやってきて一緒にご飯を食べるのが習慣になっていた。
あのバレンタインの日から。
それはつまり、お互いに好意を持っていることがわかったから、草太は咲に会いにきているわけで。
木下にその話をするのはなんだかものすごく恥ずかしい。