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□蝶の墓
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きらびやかなネオンの下。
今にも倒れそうなふらふらした足取りで葉月は歩いていた。
夜の繁華街にはあまりに場違いな喪服姿。
着慣れないその堅苦しい衣装を一刻も早く脱いでしまいたかったが、家に帰ってひとりになるのが堪えられない。
行くあてもなく、葉月は街をさまよい歩いていた。
前方から向かってきた男がすれ違いざまに葉月にぶつかり、彼はその場に派手に尻もちをつく。
「おい、気を付けろや」
ドスのきいた声が降ってくる。
倒れた拍子にアスファルトに身体をしたたか打ちつけ、葉月は呻き声を漏らした。
胸倉を掴まれる。
そのままボコボコにされるのだろうと思ったが、なにも起きない。
舌打ちする音がして、葉月はぼんやりと相手を見上げる。
大柄な男だった。
「なんじゃ、兄ちゃん、葬式の帰りなんか」
葉月の喪服に気付いたのだろう。
男は葉月の胸倉を掴んでいた手を離して代わりに腕を取ると、ひょいと簡単に彼を引き起こした。
足許がおぼつかない葉月は反動で男の胸にぶつかる。
男はびくともしない。
「おい、しっかりせんかい。見送る側がそんなに腑抜けてしもうたら、成仏するもんも成仏できんやろ」
「……すみません」
か細い声でそういうのがせいいっぱいだった。
「こんなとこでふらふらせんと、はよ帰りや。帰りたくないんなら、付き合うたるで」
見た目はいかつくて堅気の人間には見えないが、男はどうやら面倒見のよい性格らしい。
葉月は迷った。
思いがけず降ってきたやさしい言葉に甘えてしまいたい誘惑に駆られる。普段の葉月ならそんなことはしない。彼はひとりでいるのを好むたちだった。
だが。
今はそうではない。
誰かに傍にいてほしい。
そう思った。
その時。
「葉月さん」
名前を呼ばれて振り返る。
黒いコートに身を包んだ長身の男が近付いてきた。
長い髪が風に揺れる。
「捜しました。さあ、帰りましょう」
そううながされて葉月は困惑する。相手は葉月を知っているようだが、彼のほうは男に見覚えがない。時枝の葬儀に参列していた親類縁者の誰かだろうか。
「なんじゃ、連れがおったんか。あんた、この兄ちゃんふらふらやで。ちゃんと面倒見たってな」
いかつい顔をした気のいい男はそういって、葉月を長身の男に引き渡す。彼は頷いて葉月を支えるように肩を抱いた。
男は葉月より頭ひとつぶん背が高い。時枝と同じくらいだ、と思い、葉月はうつむいて唇を噛む。
「ご親切に感謝します」
葉月を抱いた男が会釈をすると、体格のいい男は「おう」と鷹揚に頷き、葉月に
「兄ちゃん。あんまり気ぃ落とすなよ」
と励ましの言葉を残して去っていった。
「あの」
葉月は身体を退いて男を見上げる。少し冷たい感じがするほど端整な顔立ちをした男は、彼の肩を支えたままでいう。
「少し歩けますか。あちらに座れる場所があります。話はそこで」
そういわれては断れない。
葉月は男についていくことにした。
彼のいうとおり、ビルの前にぽつんとベンチが置かれていた。場所柄からすると酔っ払いが寝ていてもおかしくないところだが、幸い、ベンチは空いていた。
男は葉月を座らせると、人ひとりぶんほど間をあけて隣に腰かけた。
「あの、すみません、どこかでお会いしましたか?」
葉月の問いに男は目を細めて首を振る。
「いえ。今夜はじめてお目にかかりました」
「え」
「先ほどの方には申し訳ありませんが、私はあなたに用があったのです」
思いがけない展開に、葉月は眉をひそめて男を見つめる。その視線を受け止めて男は続けた。
「時枝恭介さんのことで」