BL/ML

□不破家の人びと
1ページ/26ページ



 鬱蒼と生い茂る木々のあいだを抜けてひたすら山道をのぼって行くと、その寺はある。古い寺だがよく手入れがされていて、決してみすぼらしい印象はない。
 その寺にはさまざまないわくがあり、地元の人間ならばまず近寄らない。正確には、いわくがあるのは寺ではなく、そこに暮らす住職一家である。
 名を不破という。
 家族構成は住職とその妻、そして息子がひとり。
 この住職は同性の月森から見ても苦み走ったいい男で、若いころには異性から数々のアプローチを受けたらしいが、それらには見向きもせず独り身を貫いた。
 だが、あるとき、彼は恋に落ちた。
 それは道ならぬ恋だった。
 けれども住職はその恋を成就させ、生涯の伴侶となる愛しい妻と、愛の結晶ともいえる息子を得た。
 問題は住職ではなく、その妻と息子だった。道ならぬ恋というのは俗にいう不義密通などではない。
 住職が愛した相手はそもそも人間ではなかった。文字どおり、住む世界の異なる異界のものと彼は契りを交わしたのだ。
 それだけならまだいい。
 いや、よくはないだろうが、少なくとも月森は他人の色恋沙汰などに関心はないし、だれがだれと結ばれようがかまわない。
 それが自分自身に影響を及ぼすものでない限り。
 住職のひとり息子は月森と幼馴染みで、いっぷう変わった人物ではあるが、月森は彼を嫌いではなかった。
 だがこの男にはひとつだけどうしても理解できない部分があり、月森にとってはそれこそが切実なる問題なのだった。
 いつからだろう。
 不破は本気とも冗談ともつかぬ口調で月森にささやくのだ。
「おまえは私の嫁だ」と。
 たちの悪い冗談だと一蹴してきた月森だったが、不破はつまらぬ戯れごとをいう男ではないということもわかっていた。
 そして。
 ついに不破は実力行使に出た。

 *****

「ああ……っ」

 背後から容赦なく貫かれて月森は褥に臥して固く拳を握りしめる。
 庭に面した雪見障子から月明かりが差し込み、力ずくで欲望を捩じ込んできた男と、彼に犯される月森の姿を照らし出す。苦痛のためにびくびくと波打つ月森の背中に覆いかぶさり、不破は低くささやいた。
「力を抜け。そのほうが楽になる」
 無理やり突き刺してきたくせによくいう、と歯を食いしばりながら月森は胸の内で反論する。
 ほんとうに楽にしてやりたいと思うなら今すぐ離れてくれ、と。
 そうしているあいだにも不破は思いのままに月森の体内を掻き回す。
 もう何度目だろう。
 こうして彼の欲望を押し付けられるのは、今がはじめてではない。
 最初のときは気が狂うかと思った。いや、不破の気が触れたのかと思った。あらん限りの力をふりしぼって抵抗した月森に、この美丈夫はなんでもないことのように告げたのだ。
『いっただろう。おまえは私の嫁だと』
 そして彼は女を抱くように月森を抱いた。
 それ以来、不破は当然のような顔をして月森をとらえては欲望のままに征服する。
 今夜のように。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ