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□暗夜行路
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もうすっかり馴染んだ、どうしようもない程の飢餓感が突き上げてきて彼は意識を取り戻した。



…気を失っていた?



そのことに何より驚く。
本来ならば休息を必要としないはずの彼の身体が意識を飛ばす程衰弱しているということだ。
唇を咬み、おのれの情けなさをぐっと飲み込む。



人の気配がした。



「気が付いたか」



思いがけず近くで声がして、彼は素早く身を起こす。いつもの彼ならそんな距離まで他人の接近を許しはしない。ずいぶん感覚が鈍っているようだ。その事実が更に彼を苛む。
急に動いたためか目眩がして焦点が定まらない。



「…く、」



「おい、無理をするな。顔が真っ青だぞ。医者を呼ぶか?」



肩に触れるものがあり、咄嗟にそれを振り払う。



「…いらん」



我ながら力無い掠れた声で彼はつぶやく。頭上から呆れたような声が降ってきた。



「ずいぶんな態度だな。店の前で行き倒れてたあんたをわざわざここまで運んでやったのに」



ふう、と溜め息を吐く音。
それが事実なら、彼にとってはこの上ない屈辱だった。目が正常に機能していないためその姿は見えないが、相手は混じり気のない人間の気配がする。
…人間を侮蔑することはもう遠い昔に忘れたはずだが、こうして醜態を晒したうえ恩を受けたとあっては、穏やかでいられない。



「…世話をかけた。失礼する」



そういって立ち上がりかけたが身体に力が入らず体勢を崩す。温かい腕が彼の身体を支えた。



「無茶をするな。あんた、動けるような状態じゃないだろ」



人間の体温。…血が巡る音。



「…っ」



彼の自制心を吹き飛ばす程の誘惑が今目の前にある。…喉が焼ける。飢(かつ)える。欲しい。
…血が。



ドン、と目の前の身体を突き飛ばす。その反動で彼はその場にくずおれる。



「…った、何だよ…」



文句をいいかけた男の言葉が途切れる。息を呑む気配。
皮肉なことに、限界を超えた彼の目は機能を取り戻した。自分を助けた人間の、驚愕に目を見開く顔が見える。
恐らく、今の自分の瞳は赤い。普段は抑えている本性が現れると、彼の瞳は本来の色を隠せなくなる。



「…あんた、まさか…吸血鬼か」





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