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□振り向いてはいけない
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「…っは…ああ…ぁ」



喉の奥から自分のものとは思えない掠れた声が漏れてくる。
痛みをこらえるために噛み締めていた奥歯が歪んだのか、それともどこかを噛んだのか、口のなかに血の味が広がる。気持ちが悪い。



だが、いちばん気持ちが悪いのは、碓氷(うすい)の背に覆いかぶさり背後から彼を貫くこの男だ。



もう何度目かわからない執拗な行為に、碓氷のプライドや反抗心はかけらも残らずずたずたに切り裂かれた。



…どうして。



涙と汗と唾液と体液でぐちゃぐちゃになった顔を歪めて、彼はわずかに残った正気を掴んでたぐり寄せる。



…どうしてこんなことに。








いつも通り、深夜のバイトから帰ってきた碓氷は、老朽化のため立て付けの悪くなった玄関のドアをゆっくりと開けた。



築三十年は経つ古ぼけたアパート。あちこちにガタがきているが、風呂とトイレが付いているのと破格の家賃につられて住み続けている。
必要最低限の家具しかない、他人から見れば憐憫を誘うだろう貧しい暮らしぶりだが、碓氷にとってはこの世界で唯一安らげる場所だった。



その部屋で。



暗闇のなか、後ろ手にドアを閉めてスニーカーを脱ぎかけた時。
ふっと、すぐ傍に何かの気配を感じて碓氷は身体を強張らせた。声を出すより先に顔に…口許に布のようなものを押し付けられ、抵抗できないように、その誰かの身体とドアの間に挟まれた。
何が起きたのかわからないまま、碓氷は意識を失った。



目を覚ますと、部屋には煌々と明かりが灯っていて、眩しさと頭痛のために彼は顔をしかめた。
目を擦ろうとしたが、手が動かない。ジャリ、と耳慣れない金属音がして、無理にほどこうとすると手首が痛んだ。



「あまり暴れると怪我をするよ」



顔に影がかかり、抵抗を忘れて碓氷は顔を上げる。天井からぶらさがった電灯を遮るように、誰かが彼を見下ろしている。逆光で顔は見えない。



「…誰?」



碓氷は自分の部屋に敷きっぱなしの万年床の上に寝かされている。動かないと思ったら、両手を頭上でまとめて拘束されているようだった。どうにか首を伸ばして確認すると、信じがたいことにそれは手錠だった。
手錠からはさらに鎖が伸びていて、柱に固定されている。



…え、何これ。



鈍い頭痛に思わず眉をしかめる。



「気分は悪くない?試したことがないから、薬の適量がわからなくて。でも後遺症はないはずだから大丈夫だよ」



「何いって…あんた誰だよ?っていうかこれ何?何の冗談だよ」



「冗談なんかじゃないよ。…僕がわからない?」



若い、おそらく碓氷とそう変わらないだろう年代の男の声だ。…聞き覚えはない。



「あんたなんか知らねーよ!離せよ!何のつもりなんだあんた、勝手に人の部屋に入ってこんな……っあ!!」



男に向かって怒鳴った碓氷は、不意に与えられた痛みに身を竦める。恐怖で全身が総毛立つ。



「…静かに。あんまりうるさいと握り潰すよ?」



淡々という男の手には、剥き出しになった碓氷のものが握られている。
ありえない光景に半ばパニックに陥りながら、そこでようやく自分が全裸だということに気付く。





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