BL/ML

□月下の契
1ページ/50ページ





「結木さん」



人気のない廊下を歩いている時に背後から呼び止められた。振り返ると志摩が立っていた。



「どうした?」



彼に向き直り、そう尋ねる。精悍な顔付きをした志摩は模範のようにきっちりと制服を着込み、すっと背筋を伸ばしている。私は彼を見るたびに何か眩しいような心持ちがする。
志摩は直立不動のまま、幾分声をひそめていった。



「今夜、結木さんの部屋へ伺ってもよろしいでしょうか」



私は驚いて目を見開く。ここでは基本として個人的な付き合いは禁止されている。任務中ならともかく、そうではない時間帯に他人と接触することは御法度だ。もちろん今も。志摩がそれを知らないはずがない。
志摩はまっすぐに私を見つめている。その眼差しにひきこまれるようにして私はひとつ頷いた。



「ありがとうございます。では、消灯後の23時に」



「…わかった」










そして、約束した時間ぴったりに志摩は私の部屋のドアをノックした。驚いたことに、彼はまだ制服姿だった。ここにきてようやく私は異変を察した。これはただごとではない。
志摩はドアを背に立ったまま私を見つめる。あいにく、この部屋には自分ひとりが座る椅子しかない。私はベッドに腰かけて彼に椅子をすすめる。
だが、志摩はそれを断ると、意を決したように話を切り出した。



「明日、任務でこの地を離れます。…結木さん、今夜ひと晩をおれにいただけませんか」



…今日の私は志摩に驚かされてばかりだ。私は馬鹿みたいに呆気に取られて彼を凝視した。
任務に関しては、当事者以外に口外することは厳禁だ。しかし志摩はそれを私に告げた。少なくとも私が知る限り、志摩が規律を破ることは今までになかった。
そしてそのことよりも、それに続く言葉が私を混乱させた。
任務を下された者は一日だけ自由を与えられる。その24時間だけは何物にも拘束を受けない。外出も外泊も許される。ほとんどの者は、その許された時間、愛する誰かと過ごすことを選ぶ。
それはつまり、今生でもう二度と会えない可能性があることを示している。わかりやすい恩情だった。



志摩は今、その24時間のなかにいる。その彼が選んだ相手は家族でも恋人でもなく…私だった。





次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ