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□愛玩人形
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『秋仁(あきひと)、お前はいずれこの家を継がねばならん。だが、お前ひとりではどうにも心許ない。だからお前に懐刀を残そう。
渡世に長け、お前を、この皇(すめらぎ)を裏切ることのない、忠実なる僕(しもべ)を』


『――はい。父上』


その懐刀は、今はもうない。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 



錠を外す音がして、ゆっくりと扉が開く。朦朧としていた秋仁ははっとして身を起こそうとするが、天蓋つきの寝台に繋がれた鎖がそれを阻む。
両手の自由を奪うために嵌められた枷と鎖。秋仁に屈辱と恐怖を与え、彼の人格を侵す、鉄の塊。


顔を歪める秋仁の傍らに、恰幅のいい壮年の男が立つ。決して醜悪ではないが、幼い頃から、恵まれた容姿を持つ兄と比べられ、憐憫の眼差しを向けられることに慣れたこの男は、自身の容貌に強いコンプレックスを抱いているらしい。
必要以上に金をかけた上等のスーツを仕立てさせ、それらを鎧のように身に纏う。


秋仁はこの男が好きではない。
子供の頃からあまり近寄らないようにしてきたし、長じてからはあからさまに彼を避けていた。
温厚な気質の秋仁が、そこまでの態度を取らざるを得ない理由があった。


この男の眼が。
秋仁を見るときの男の目が尋常でない。全身を舐め回すような粘着質な目付きに晒されると、まるで犯されているような気分がする。気持ちが悪い。
これまでは、男はそう簡単に秋仁に近付くことができなかった。
秋仁の父親が存命中は、彼がこの皇家の主であったし、秋仁の父親こそが、この男のコンプレックスの原因となった実の兄なのだ。
父親の存在がある限り、秋仁に害が及ぶことはない。


だが、父親が病に倒れ、遺言により、その莫大な遺産のほとんどを秋仁が相続することになった。
それでもまだ、秋仁には、父親が遺してくれた守り刀があった。
病弱で世事に疎い秋仁に代わって、皇家が所有する会社や資産の運営方法を徹底的に叩き込まれた、忠実なる僕(しもべ)が。


異国の血を引く、青い瞳と柔らかな金色の髪。その白皙の美貌と怜悧な眼差しが、常に秋仁の傍にあって彼を守っていた。


その守り刀はもういない。
秋仁が手放した。


そうして、まったく崩しどころのなかった鉄壁の守りを失った秋仁に、待っていたように急接近してきたのがこの男だ。
鎧を持たず、無防備に生身を晒していた秋仁が男にとらえられるのに時間はかからなかった。


男――叔父である皇隆宣(すめらぎ・たかのぶ)は堂々と秋仁の家に上がり込み、この部屋に彼を監禁した。それだけでなく、秋仁の父親の代からこの家に仕えていた使用人たちをすべて解雇し、秋仁の味方となりうる可能性のある者を遠ざけた。
秋仁の妹の綾さえも。


隆宣にとらわれた秋仁が真っ先に心配したのが、歳の離れた妹の綾の身だった。秋仁と綾は母親譲りの顔立ちをしており、よく似ている。隆宣が秋仁の顔に執着しているのなら、綾の身も危険だ。
だが、幸いというべきか、隆宣には年端もいかぬ少女にそういった興味を抱く性癖はないらしい。
隆宣に解雇された使用人のひとりが、とっさに綾の身を案じて保護したことを知っても、それを容認しているのだと語った。


むしろ邪魔な者がいなくていい。
そういってねっとりと秋仁の身体を視姦した。





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