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□さいはての恋
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ついてない。


目の前で赤に変わった信号を恨めしく睨んでため息をつく。
大通りに面した交差点。この場所の信号は待ち時間が恐ろしく長いことで有名だった。
しかも今は真夏の炎天下。
街路樹の木陰でつかのまの涼をとる人々を尻目に、おれは額に滲む汗を拭った。
そうしてなにげなく道路の向こう側に視線を巡らせて、はっと息を呑む。


歩道を行き交う人の群れのなか、頭ひとつぶん抜き出た長身の男。
顔は見えなかったが、そのシルエットに記憶が刺激された。


「柴!!」


思わず叫んで足を踏み出す。周りにいた人たちがぎょっとしたように身を引くがそんなことはどうでもいい。
騒音に掻き消されて、おれの声は届くはずがなかった。
それなのに、まるで聞こえたかのように男はこちらを振り返った。


――――柴。


間違いない。もし万が一、他人の空似であっても、あの無駄に整った顔立ちだけならまだしも、平然と他人を見下すことに慣れた目付きまで似ているなんてありえない。


男は、柴は確かにおれを見た。
けれども次の瞬間、なにもなかったように視線を外すと背を向けて歩き出す。
おれは視力にだけは自信がある。
柴はおれの顔を認めても驚きはしなかった。ただ、わずかに目を細めて笑った。そして背を向けた。


つまり、わざと無視したのだ。


あのやろう。


おれはじりじりしながら信号が変わるのを待った。今すぐに飛び出したい気持ちだったが、それをすると一瞬であの世行きだ。あいつの胸倉を掴んでわけを問いただすまでは死ぬつもりはない。


ようやく信号が青に変わる。
おれは一目散に柴が向かったほうへ追いかける。
人が邪魔だ。くそっ。なんでよりによって街中でいちばん混雑してるところで出会うんだよ。


「…………っは、」


学校を卒業して以来、運動なんてろくにしていないおれの体力はすでに限界だった。
大通りを抜けた頃には、急に酷使した肺が猛烈に抗議をしてきて立っていることさえできなくなる。
情けない。
おれは手近にあったビルの隙間に入り込むとずるずるとしゃがみ込んだ。壁にもたれて荒い息をしていると傍らに影がさす。
顔を上げるのも億劫(おっくう)で気にしないことにした。
影が笑う。


「無様だな」


前言撤回。
その声に、おれはがばっと顔を上げる。


「――――!」


怒鳴りつけてやりたいがしゃべるだけの余裕もない。みっともなくひたすら肩で息をするおれを傲然と見下ろす長身の男。
誰のせいでこんな目に遭ったと思ってるんだ。畜生。


胸のなかで散々悪態をつきながらも、おれにできるのは、もう逃げられないよう柴のジーンズをしっかりと掴むことだけだった。


柴がその場で膝を折る。
おれの頭の横に手をついて、空いた手でおれの顎を掴む。眉をひそめるより先に呼吸を奪われた。
唇を塞がれて息ができない。
全力で柴の肩を押しやるが、柴はおれの両手をとらえると蝶の標本のように壁に張り付け抵抗を封じた。


酸素を求めて開いた唇から生温い舌が滑り込んでくる。
このやろう。調子に乗るなよ。
噛みついてやると、仕返しとでもいうように強引に舌を絡めてくる。息ができない。


「……っあ……ふ……っ」


たっぷりとおれの咥内を犯したあと、柴はようやく唇を解放した。


「……ってめ、殺す気か!」


柴はおれを張り付けにしたまま鼻で笑う。


「充分元気じゃないか」


「……っ」


「お前が可愛い真似をするからだ」


「……なんの、ことだよ」


「なんでおれを追ってきた?」





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