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□運命の人
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「え?」
 おれは目を見開いて聞き返した。
 今、なんていった?
「孝太が好きだ」
 海里ははっきりと繰り返す。
「ずっと好きだった。でも、そんなことをいったら孝太はびっくりして、ぼくを嫌いになるかもしれないと思うと、いえなかった」
 しっかりとアイスの棒を握りしめたままだったおれの手からそれを取りあげると、海里はその指先に唇を寄せて言葉を続けた。
「だけどもう限界だ。我慢できない。今までみたいに、友達のふりをして孝太のそばにいるのは苦しい。だから孝太に選んでほしい。ぼくの恋人として、これからもずっと一緒にいるか、それとも、今後いっさい関わらないで、きっぱりとさよならをするか、どちらかを」
 突然のできごとに、おれはただ呆然とするしかない。
 海里が、おれを、好き?
 そのあとにつづくありえない選択肢も、冗談としか思えない、けれど。
 やっぱり、海里は真剣な眼差しでおれを見つめていて。
「ちょっ……え? す、好きって、あの、おれ、男だし」
 ごにょごにょとつぶやくおれに、海里がふっと目を伏せる。
「やっぱり、気持ち悪いよな」
 いつも揺るがない海里が力なくうなだれるのを目のあたりにして、おれは狼狽した。はっきりいって、告白されたことより、今の海里の反応のほうが遥かに衝撃的だった。
「や、ちがっ、べつに、気持ち悪いとかじゃなくて」
 しどろもどろに説明するおれを、海里が不安そうに見ている。なんだこれ。
 海里は性格的に押しが強いとかでしゃばりとかじゃないけれど、自分の意思をしっかり持っていて、なにがあっても揺るがないし絶対になびくこともない。物静かだけど、頑固。そう思っていた。なのに。
 おれのせいで、海里が揺らいでいる。冗談ではありえない。海里は、本当に、おれを?
「…………こ、恋人って、えっと、どんなの?」
 おれは今までそういう相手がいなかったから、恋人というのがどんなものなのか、よくわからない。
「基本的には今までと同じだよ。一緒に通学したり遊んだり。あとは、キスをしたり、それ以上のこともしたり」
「そ、それ以上って」
 一瞬で顔が赤くなるのがわかった。
 おれが、海里と?
 むっ、むりむり!!
「ちょ、や、え、それ無理だろっ!!」
 思わず叫ぶおれに、海里がにじり寄る。
「どうして? 無理じゃないよ。ちゃんとやさしくする。なるべく痛くないように、孝太が気持ちよくなれるようにしてあげる」
「――――っ、」
 あからさまなものいいに身体じゅうが熱くなる。
 いや、待てまて!!
「こっ、恋人じゃなかったら?」
「恋人になれないなら、ぼくは孝太から離れる。行きたい大学がふたつあって、ひとつは地元だけど、もうひとつは県外だから、ちょうどいい。孝太がぼくのものにならないなら、県外に絞って、もうここには帰ってこないようにする」
「そんな」
「ほんとうは、友だちのままずっとそばにいられたらよかったけど。ごめん。耐えられない。このままそばにいたら、無理やり力ずくで孝太を襲ってしまう。孝太に触れられないなら、距離を置くしか、自分を抑える方法がないんだ」
 海里が、いなくなる。
「いやだ」
 首を振って海里のシャツにしがみつく。
「なんで、そんな、ずっと一緒だって思ってたのに」
 駄々っ子のようになじるおれを抱き寄せて海里がささやく。
「じゃあ、ぼくを選んでよ」
 耳朶をくすぐるように息を吹きかけられてぞくりする。いやだ。怖い。
「やっ」
 思わず海里を突きとばしたけれど、膝が震えて立ちあがれない。わけがわからなくて頭が混乱してこわくて。じわっと涙があふれてくる。歯を食いしばってごしごしと顔を擦っていると、ぎゅっと抱きしめられた。
「泣かないで。ごめん、孝太」
 普段と同じやさしい声でささやかれて、抵抗しかけた手から力が抜ける。そのまま海里の背中に腕をまわして抱きつく。
「な、泣いてないからなっ」
「うん」
 汗で冷たくなったおれのシャツを、海里の手があやすように撫でる。今まであたりまえに触れていた、馴染んだ感触。ずっとそばにあるのだと疑いもしなかった。けれど。
「すぐに、答えを出さなくていい。でも、考えて、選んで」
おれは黙ってうなずくしかなかった。

 *****

 すすめられるまま晩ご飯をご馳走になって、おれはアパートに帰った。泊まっていけばいいといわれたけれど、そういうわけにもいかない。今までならともかく、海里の気持ちを知って、それでも平気でそばで寝られるはずがない。
 だれもいない真っ暗な部屋。すえたような臭いに顔をしかめて、真っ先にベランダの窓を開け放つ。白々しい蛍光灯の明かりに照らし出された狭い室内は、足の踏み場もないほどものが散らばっていて、とにかく汚い。敷きっぱなしの布団はシーツが乱れたままで、情事のあとがくっきりと残っている。乱暴にシーツを剥いで、ベランダの洗濯機に放り込む。
 これが、おれの日常。
 母親とふたり暮らしで、その母親は息子のおれから見てもかなりのあばずれで。気に入った男を部屋に連れ込んでは見境なく情交を繰り返す。おれがまだ幼いころからそうだった。その行為の意味も知らないうちから、おれは毎日のように母親の痴態を見せられてきた。
 そんな汚れた生活のなかで。
 海里だけが、あの家の人たちだけが、おれを救ってくれた。



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