長編

□歪み月2
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時間は決して取り戻せない

…それくらい、重苦しい程にわかっていた


《歪み月》 〜二章〜


各々の配色をぶちまけたような濁った色彩が、俺の心情にどんよりと霞みがかったように覆い尽くす。

自分が招いた行動を、これほどまでに後悔したことがあっただろうか。


(円堂、)

(俺はー…)


もう何度も頭の中で繰り返されたその告白。
まるで自責の念であるかのようなその告白に、自分でも呆れる程に嫌になる。

紡ぎ捨てられた時間は取り戻せない。
そうしている間にも、時間は刻々と前へ進んでいく。
後悔ばかりして後ろしか見ない今の俺には、その時を告げる時針の音さえも不穏な音に外ならないのだ。



ー…結局、円堂が走り去るのを呆然と見ている事しかできなかった俺は、あのままいたたまれない心情で帰宅するしかなかった。

リピートされたようにあの時の出来事を反復する思考回路に堪えられなくて、俺の意識はどこかへ消え失せたようにさ迷っていた。
きっと抜け殻のようになっていたのかもしれない。
うっすらと覚えている記憶の中で、自宅で養父に仕える人間達が何か心配そうに話し掛けてくれてはいたのだが、実際、何を言われたのかは全く覚えていなかった。
それくらい、帰宅してからの俺は呆然としていたのだろう。

そんな感じで、眠ることもできないまま、俺は次の日をむかえた。

…次の日も学校や部活は当たり前のようにあって、否応なしに円堂と顔を合わせなければならない状況を想像して、朝から俺は深いため息をついた。

校門から続くアスファルトの道を、重苦しい足取りでただひたすら前へ運んでいく。
円堂に会ったら、どんな顔をすれば良いのか。
普通に振る舞うべきなのか…と考えたが、あのような態度を取った俺の方がそれではあまりに円堂に失礼じゃないのか。

かといって、完全な疎遠…というのも考えられなかった。
確かに関わらないならそれは楽な逃げ方かもしれない。
けど、円堂と友人としても離れてしまう事の方に、俺自身が何倍もの恐怖を感じているのだから。

…そもそも、俺がいくら考えようが、結局は円堂次第でもあるのだ。
俺が望んでも円堂に避けられたら、きっと俺はそれを享受するしか選ばないから。

そうやって、受け身的に逃げる自分の姿は何とも情けない。
どうも俺は雷門に来てから……いや、円堂に会ってから弱々しい部分が浮き彫りになってきた気がする。
帝国時代のあの意地に近い毅然さはどこへ行ったのやら。

…それとも、やはり相手が円堂だから…という所以なのか。


「ーー鬼道っ」
心臓を掴まれたように、ビクリと体が強張った。

聞き覚えのあるその声が信じられなくて、直ぐさま横に顔を向けるとー…
「おはよう、鬼道!」
ニッコリとあの太陽のような笑顔を浮かべるその人は、紛れも無く円堂その人で。
飲み込まれた呼吸を吐き出せないまま、驚き固まる俺を気にしないそぶりで挨拶をして、また何事もないようにそのまま校舎へ向かって歩いて行ってしまう。

口から出てこないまま、俺の中でぐるぐるとさ迷う『何で』という疑問の言葉。

…いや違う。
本当はわかっている。
円堂という男はどんな理由であれ、そうそう簡単に他人を邪険にする事も、また拒絶する事もない奴だ。

円堂はあんな態度を取った俺を避けるわけでもなく、批難するわけでもなく…。
ただ、『変わらない』事を選んでくれたのだ。
今までと同じ、友人として仲間として変わらない事を。

それが円堂、あいつの優しさなのだ。

その事は、聞かずともかいま見せたあの精一杯に向けてくれた、いつもよりも輝きの少ない笑顔が物語っていたのだから。

変わらない、その事を選んでくれた円堂に安堵している自分と、逆に不安に思う自分。
本当に…変わらないままでいいのだろうか、と。


ーどちらにせよ、俺に選ぶ権利などはない。


火種である自分が、そんなおこがましい願いを持ち合わせるなんて、不釣り合いだと思ったから。

俯き、飲み込まれた感情は、浪々と胸の奥でさ迷っている。
ただ、足の下に広がるアスファルトが、やけに硬く黒く目に映っていた。



磊落(らいらく)から生まれた優しさでないからこそ

深く、浸透するように突き刺さるのだ
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