MAIN[学生夏五中心]

□SONG OF A MAD MAN
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 朝から傑の様子がおかしい。決して完全無視という訳では無いのだが、悟の顔を見ない。朝食は並んで食べたし、校内でも一緒に行動した。が、授業の受け答え以外は一言も喋らず、深い思考の中にいるようだった。
  僕、何かしたっけ?昨日の行動を思い返してみる悟であったが、思い当たることは何も無い。昨日は普通に話をしたし、任務も無かった。高専生としていつも通りの1日を過ごしただけだ。結局悟はだんまりの理由を聞き出せないまま、夜になり、寮の隣の部屋に傑が消えていくのを見送るだけだった。



 部屋に戻った傑は、ベッドの上に胡座をかくと、ぼぅっと窓の外を見た。空には、わずかに欠け始めた黄色い月。

『あぁ、月が綺麗だねぇ』

 それは2日前、傑がこぼした言葉だった。悟と並んで歩く高専までの帰り道、あの時は何気なくこぼれ落ちた言葉だったが、よくよく考えてみれば“あれ”は、教科書にも載り誰もが知る文豪が「I love you」を訳した有名な言葉であった。
 
 不用意だった。

 別に傑が悟に愛を告白した訳ではない。それどころか、悟に対し恋慕の情を抱いているとかいう訳でも無かった。けれど、気付けば自分はその言葉に囚われている。2日前のあのシーンが、あの時の月を見上げた悟の横顔が、何度も何度も傑の頭に蘇ってくるのだ。

 思えば、傑は誰かとこんなに長く行動を共にしたことが無い。呪術師であるとか呪いが見えるとかそういったことは(家族以外の)周囲に隠していたから、中学までは普通の公立校に通い、普通の生徒だった。成績は良くも悪くも無く、スポーツは目立たぬ程度に、話の輪に加わればあの穏やかな笑みを返し。
 ただ、特別に仲の良い友達がいたか?と問われれば、答えは「ノー」だ。誘われない限りは休み時間は教室で本を読んでやり過ごす、物静かな生徒を演じていた。

 そう、全ては演技。呪いの存在を知らず信じず、誰かに守られていることに気付きもせず。安穏と暮らす“猿ども”の群れの中、密やかに爪を研いで・・・。

 現在(いま)、傑と悟は任務以外の時をほぼほぼ共に過ごしていた。ひとりでいることに慣れていたはずの自分が、こうまで心を許して。一緒に行動するのが当たり前となっている。今日だって、無視という訳でもないが問いかけに返事もせずだんまりを貫く自分の横、悟は当然のようにそこにいた。

 なぜ、こんなに懐いてしまったのか。いや、懐かせてしまったのか?

 考えれば考える程、思考の海に深く沈んでいく・・・傑は月を眺め、眠れぬ夜を過ごした。



 翌日、傑だけに任務が下された。日本の首都・東京。全国各地から人々が集い、年々巨大化していく、政治・流通・教育・医療・防衛etc、そう言ったもの全ての中枢都市。人が集まればイザコザも起き災いを呼び、良くないモノはそこかしこに現れ、呪霊退治の依頼も増えていた。
 それに対し、呪術師の数はいつになっても足りない。東京・京都各高専の卒業生をはじめ呪術師も毎年増えてはいるのだが、例年たかだか数人、片手でも余るほど(偶々多い年でやっと両手を使う)。依頼数に比較して圧倒的に伸び率が低いのが現状だ。
 その穴を埋めるため、時によって傑達高専の生徒も駆り出される。学年とは違う“能力”でつけられた等級に応じて、ある者は先生や大人の監督者と共に、またある者は単独で(2級以上の実力と認められた者に限る)。傑も悟も、最近ではすっかり単独だ。まだ未成年の自分達にそんな危険と責任のある仕事を任せていいのか?疑問に思うこともあるが、何しろ人がいないのだからしょうがない。それに、任務ならば他に理由を考えずとも悟から離れられる。結局一睡もできなかった傑は、自分の中から昨日からの思考を消すことができていなかった。

 こんな気持ちで接していたら、直に悟にも気付かれる。

 何を?

 別に疚しいところなど無いのだ。あの言葉だって、ふとこぼれ落ちただけだ。深い意味は無い。悟だって全然気にしていないだろう。

 けれど、心のどこかでずっと感じていた、自分と悟との距離。態度はいい加減で投げ遣りなところもあるが、基本的に悟は正義感の塊だ。悪しきものを嫌い、古く濁った慣習を蔑み、自分の目指す未来に向かって力を尽くすことのできる人間だ。
 だが、自分は違う。適当に人当たりの良い人間を演じながらも、頭では全く別のことを考えている。それは、自分の呪力が上がり、単独任務が増えるにつれ、どんどんと己の中から湧き上がってくる。悟の隣で他愛無いことに笑いながら、こんな自分をいつまで誤魔化せるのか。悟にも、そして、自分にも・・・。

 半ば諦めに似た気持ちと面倒臭さを胸に、傑は駅への坂道をゆっくりと歩いた。


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