MAIN[学生夏五中心]

□猿の夢
1ページ/2ページ

 東北の田舎町。ひとり任務に赴いた夏油傑は、駅の待合室で時刻表を見上げ迷っていた。梅雨の最中の肌寒い日、ウジャウジャと湧いて出る呪霊に手間取り、終わった頃には傑の体もすっかり冷えていた。時間的にはまだ日暮れ前だが、雨のせいで薄暗い。ここから主要駅までは今日中に行くことができるが、この時間だとその後東京までの乗り継ぎが無い。向こうの駅でこれから宿を探すとなると、駅周辺ではたぶんもう空きなど無いだろうし、面倒だ。なら、どうするか?
 待合室の窓から外を見れば、車も待ち人もいないタクシー乗り場の向こうに、ほんのりと明るいもの・・・行きに通り過ぎる際何気なく目に映っただけだが、確か宿の看板だったはずだ。明かりが灯っているということは、営業しているのだろうか?
 傑は、もう一度だけ時刻表を見ると、向きを変え雨の中に飛び出した。

 宿では老齢の夫婦が迎えてくれた。昔はこの辺りも人が多く客もそれなりにいたそうだが、今はすっかり寂れてしまって、今日もやってきたのは傑だけだと言う。夫婦は、飛び込みであるにも関わらず、ひとりきりの客をそれは大層もてなしてくれた。温かい食事と温かい風呂で人心地ついた傑は、雨音を子守唄に眠りに落ちたのだった。



 ふと、目が覚めた。傑は教室にいた。それも、見慣れた呪術高専の部屋では無い。
「おはよう、ゲトウ」
 背後から声がかかった。振り返ると見知らぬ少女がいた。制服の襟元の赤いリボンがやけに目につく。
「そこに立ってると邪魔だよ」
言われて傑は気が付いた。登校したばかりなのか、彼は鞄を持ったまま教室の入り口に立っていた。
「あぁ、すまない」
傑が黒板の側に避けると、少女は既に着席した友達の元へと歩み寄る。傑も自分の席に着こうと足を踏み出した。窓際から2列目の一番後ろ。なぜだかそこが自分の場所だと思った。

 傑が椅子に座ると、待ち構えていたかのようにふたりの男子が近づいてきた。
「スグル、英語やったか?」
「こいつ、やってきてねぇんだぜ!おまえが来るのを待ってたんだ」
「悪いな、今日当たるとこ見せてくれよ」
親しげに話しかけてくる。傑は仕方ないというように肩を竦め、鞄から英語のノートを取り出した。
「ほら。先生が来る前に返してくれよ」
「お、サンキュー!」
ひとりが受け取ると、斜め前の席に座り自分のノートに写し始めた。傑の横に立つもうひとりが、呆れたように言う。
「全く・・・調子いいよな。いっつもスグルのこと宛てにして」
「まぁね、ほんっと悟といい私の周りは・・・」

 言いかけて、止まった。悟?さとるって誰だ?
 見上げると、クラスメートが不思議そうな顔をして傑を見下ろしている。その距離に、その目線の高さに、いつも自分を見下ろす誰かの影が重なる。

 ぐるりと教室を見回す。それらしい人物はいない。いや、それよりここは何処だ?自分の横に立っている、この男は誰だ?先ほど声をかけてきた少女は誰だ?

「スグル、どうした?気分でも悪いのか?」
 違う。この男では無い。普段、自分を「傑」と呼ぶあの声は。あれは誰だった?



 ここは、一体、なんだ?


次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ