MAIN[学生夏五中心]

□沈黙の秘密
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 鍵の開く音がした。

 梅雨の休日の午後、暇を持て余した悟はひとり、部屋で寝ていた。隣室の友人は昨日から任務でいない。昨夜のうちに帰ってくるかと思ったが、日付が変わっても結局戻ってこなかった。東北だと言っていたから、電車を逃し帰れなくなったのだろう。
 雨で外出も億劫だし、行きたいところも特に無い。午前中は部屋にこもって本を読んで過ごしたが、それも午後になると飽きてきた。カーテンを引き外の世界を遮断しベッドに横になると、聞こえてくるのは雨の音だけだ。悟はそのまま雨音に身を委ね、目を閉じた。



 うとうとと微睡んでいると、突然ガチャリと音が聞こえた。傑が帰ってきたのか?目を閉じたまま耳を澄ます悟、だが、開いたのは隣ではなく悟の部屋の扉だった。自分の部屋の合鍵を持っているのは傑だけだ。開けたのは傑に違いない。そう考えた悟に、ささやかな悪戯心が芽生えた。このまま寝たふりをして、近くまで来たらガバリと起きて脅かしてやろう。

 足音は全くしないが、傑が近付いてくるのがわかる。しんと静まる部屋の中、気配だけがひっそりと忍び寄ってくる。悟は息を潜めて様子を伺っていた。気配がベッドのすぐ横にまで辿り着いた頃には、起き上がるタイミングをすっかり逃していた。

 目を閉じ、身を固くして、訪問者の動きを探る。心臓の音がいつもより少し早い気がする。すでにバレてるんじゃないか?そうは思うものの、悟は身動きひとつ取れない。
 微かに布の擦れる音がした。続いて、チッと小さな音。傑が、枕元の台に置いた何かを触ったようだ。敷布団も僅かに下に向けて揺れる。傑がベッドにもたれかかり、床に座ったせいだ。何も言葉を発さず、それ以上の動きもなく、ただそこに座っている。何かあったのだろうか?けれど、今それを聞く訳にはいかない。自分からこの沈黙を破ることができない自分を、悟は歯痒く思った。
(傑・・・すぐる・・・、今何を考えてる?)
 心の中で問いかけながら、悟はただただ、布団にかかる傑の重みを感じている他無かった。



 どれくらい時間が経ったのだろう。だいぶ長いことそうしていた気がする。ずっと同じ体勢でいた為、体のあちこちが固まってしまったようだ。傑も全く動かない。寝ているのだろうか?
 そろそろ耐えきれなくなり、悟が寝返りでも打って現状を切り抜けようかと考え始めたその時。
 ようやく傑がもたれかけていた背を離し、ゆらりと立ち上がった。悟は開けかけた目をもう一度ギュッと閉じ、傑の様子に意識を集中する。

 コトリ。
 また枕元で音が鳴った。何かを置いたらしいその手が、一瞬悟の髪に触れた。悟の体に緊張が一気に駆け巡る。だが、手はすぐに離れた。
 やがて、訪問者がベッドから遠退いていく。ドアを開け、外に出て、鍵をかけ・・・・・・。今度こそ隣の部屋の鍵穴を回す音に、やっと悟は緊張を解いた。静寂の中、トクトクと己の心臓の音が耳に響く。体を起こし、枕元の台を確認する。寝る前と同じものが記憶通りにそこに並んでいる。鍵、財布、携帯・・・



 その中でただひとつ、闇色のサングラスだけが、悟の記憶と位置を変えていた。



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