MAIN[学生夏五中心]

□猿の夢
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 誰かが隣に立つ気配に、傑は目を開けた。今のは夢か・・・自分を覆う布団の感触に、今度こそ現実に目を覚ましたのだと感じる。枕元の気配に警戒しながら、傑は体を起こした。目の隅に、小さな足が映る。子供の足だ。
 ゆっくり振り返ると、そこには女の子がいた。まだ幼い、小学校低学年くらいの子だった。長く白い髪に白いワンピース、裸足という姿で傑を見ている。敵意は感じられない。呪いと呼ぶほど深刻なものでも無さそうだ。まぁ見た目で判断するのは危険だが。

「今の夢を見せたのはキミ?」
 子供が静かに頷く。
「あれはどういう・・・」
「あなたは今の自分が好き?」
傑の問いかけを遮り、子供が質問した。傑は意図がわからず、首を傾げる。
「あなたがアレをやっつけてるのを見たわ。みんなに見えないものをいっぱい見てた。わたしのことも見えるのね」
表情の無い顔で、子供が淡々と続ける。
「あなたはみんなと違う。それでいいの?」
「・・・・・・」
「みんなと同じ“ふつう”じゃなくて、あなたはいいの?」

「キミも“ふつう”じゃなかったのかい?」
 子供の言葉に、傑は思い当たることがあった。“見える”ことを隠して“普通”に振舞っていた、中学時代までの自分。
「キミは自分が好きじゃなかったの?」
子供がビクリと震えた。傑は子供が怯えないよう、そっと手を伸ばした。
「いろんなものが見えたの。怖いものも楽しいものも。だけど、みんなには見えないの」
伸ばした手で子供の肩に触れる。冷んやりとしているが、“実体があるかのように”触れることができた。そのまま自分の膝の上に抱きかかえる。
「最初はね、話を聞いてくれたの。でも、だんだんと聞いてくれなくなっちゃって。“気味が悪い”って言うの」
子供は泣きはしなかった。けれど、細かに肩が震えているのが伝わってくる。周囲の無理解に疲れ、涙も枯れ、最後に諦めだけが残ったのだろう。そんな声だった。

「私はちゃんと“見えて”いるよ」
 頭を撫でてやりながら傑が言うと、子供はゆっくりと顔を上げた。
「私にはキミが見える。怖いものもいっぱい見える。けれど、私は自分が嫌いでは無いよ」
子供の、自分を見つめる目をしっかりと見返しながら、傑は続ける。
「忌むべきは、能も無いのに世に蔓延る連中だ。キミが気に病むことなど何も無い」

 子供の表情が柔らかくなった気がした。傑はそのまましばらく子供を抱きしめ、頭を撫で続けた。
 そして、夜明けが近くなり窓の外が薄っすらと明るみを帯びてくると、膝の上の重みが徐々に薄れ・・・やがて子供は静かに消えていった。



 翌朝、老夫婦に別れを告げ帰路につく。車中、目を閉じると夢の中の出来事が思い出された。
 もしも、何も見えなかったら、別の自分がいたのだろうか。何も知らない連中と、何も気付かず平凡な日々を過ごして。誰かの哀しみに触れることもなく、誰かの怒りに流されもせず。
 列車の揺れが傑を眠りに誘う。うつらうつら微睡み始めた傑のまぶたの裏、見飽きるほどいつも隣にいる男の姿が浮かんだ。

「あぁ、早くキミの顔が見たいよ・・・悟」

 東京へ向かう列車の中、傑はひととき、夢も見ずに眠った。

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