DREAM御曹司
□なつやすみ
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「あ゛〜〜」
くるくる回る扇風機の前で目をつぶり、オデコ全開にして声をあげる。庭から見える風景や、部屋は慣れ親しんだものだけど、何と無く違和感がある。自分の居場所がいつの間にか狭くなっているような。
私は今、久し振りに実家に帰省中なのだ。
食事の心配や、日々の節約から少し解放されるのは嬉しいけど。
「ちょっと、あなた気が抜けた炭酸みたいよ」
母は呆れたように、私の背中に声をかける。
「暇そうだから、夕飯のお使い頼んじゃおうかしらね」
「え〜、暑いからヤダよぉ」
「近くのあのスーパーだから、涼みがてら行ってらっしゃいな。…そうだ、アイス、好きな物買ってきて良いわよ。ね?」
「うー、小学生のお使いじゃないんだから…」
気分が晴れないから、実は嬉しいんだけどね。私はちょっと拗ねたフリをして帽子を被り、母のお財布と袋、携帯を手に、ハーゲンダッツを買っちゃおうと企みながら外へ出た。
蝉が五月蝿いぐらいに鳴いて、暑さを五割増させている。日差しは強く照り付けて、道の遠くが揺らいで見えた。
私はとぼとぼ歩きながら、携帯を開いて溜息をつく。
「何で、電話してくれないのよ…」
その愚痴の矛先は、勿論、正剛だ。ここの所あんまり逢えなくて、電話も少ない。まあ、自分からしちゃえばいいんだけど…、仕事中の場合もあるし。色々考えちゃうんだよなあ。
「うう…メールじゃなくて、声聞きたいよぉ…」
と、いきなり電話が光る。
「え、まさか」
急いでいるのと汗とで、ボタンが滑る。やだ、早くしないと…
「…よう、元気か?」
いつもの、低くてあったかい声。通りには人が行き交っているけど、思わずにやけてしまう。おっと、いけない。
「元気じゃ、ないわよ。正剛、電話くれないんだもん…」
「ごめんな、あれからちょっと海外に行かなくちゃならなくなってさ。時差があったもんだから、夜中に起こしちゃ悪いと思ったんだよ」
「そんなの…気にしなくてもいいのに」
蝉の声に顔をしかめ、片方の耳に指を突っ込んで、耳を澄ます。電話の向こうから、車が通るような音がする。
「……いま、何処にいるんだ?」
「実家の側の、スーパーに行く途中。もう、暑くて死んじゃいそう」
「それって、○○か?」
「何で知ってるの?!」
「イヤ…そこにいるから」
くっくっ、と笑い声がする。
私は、駆け出していた。
角を曲がれば、後少し。
早く、早く。
やっとの想いで辿り着いた駐車場には、白い大きなキャンピングカーに凭れ、眩しそうに目を細めて笑う正剛がいた。
「正剛っ!!」
人目も気にせず、私は彼に飛び付いた。大きな背中に手を回してぎゅっとすると、お日様みたいな懐かしいにおいがした。目一杯それを吸い込んでから、顔を上げる。
「実家の場所、教えてたっけ?」
「ああ、ホラ、暑中見舞いくれたろ?帰省中はここです、って」
「そういえば…」
私達は笑いながら、涼しい店内に入って買い物を済ませた。勿論ハーゲンダッツも2個買って、来たばかりだという車の中で食べた。新車のニオイは少し苦手だけど、そんな事はどうでも良くなるぐらい素晴らしい内装で…。
「これに、お前を真っ先に乗せたくてさ。長旅だったけど…顔を見たら、もう疲れなんて吹っ飛んだよ」
私達は暫く唇を重ね合った後――、ご挨拶したいから、と照れながら言う正剛の道案内をしながら、実家へ車を走らせたのだった。