s
□いつもみたいに笑ってよ
1ページ/1ページ
バタバタバタ、廊下から騒がしい足音が聞こえる。誰が近付いてきているのかなんてわかりきってる、絶対咬み殺してやる、なんて仕込みトンファーをいつでも取り出せる状態にしつつ書類に目を通し続けた。
その内勢いよく扉が開く。文句を言ってやろうと振り向いて、気が付いた。様子がおかしい。
「……山本?」
「……」
一言も言葉を発せずに、山本は入り口に立ち尽くして動かなかった。なんだか不安な気持ちになる。
「山本?」
「ヒバリ、」
「っ、何か、あった?」
「……へへ、ごめん」
「山、」
がばっと勢いよく抱き着かれて体勢が崩れた。なんとか足で踏ん張ってみるものの、ぐらりと視界が傾いてソファーに倒れ込む。山本の顔はすぐ目の前で、その瞳に移る自分の顔まで見えそうな気がした。
…なんでそんなに、哀しい目をしているの?
「山本、」
「なぁ、ヒバリ」
「な、に」
「すきって、言って」
「え」
「言って、ヒバリ、お願い」
「……すき」
「…ん、ありがと」
にへら、頼りなく笑った山本の瞳から涙が零れた。ぎょっとして声をかければもう一度お礼を言われて深い口付け。ソファーのスプリングがぎし、と嫌な音をたてた。
生ぬるい液体が頬を伝ってソファーに染みを作る。
「ヒバリが、いなくなる夢を見た」
「…は?」
「そしたらヒバリに会いたくなって、ヒバリの顔見たら安心した」
「……」
思わず頬が緩みそうになった。たとえどんな形でも、君が僕の事を考えてくれてて、しかも夢にまで出てきたなんて。自分最低だな、なんて考えながらも嬉しくて仕方なかったなんて。
少しくらい甘えさせてあげる日があったっていいだろう、たまにはそんな日だってある。
山本、名前を呼べば不思議そうに振り返る。両腕を広げていつもの声より少し大きい声で言う。
「はい、」
「いやはいって、ヒバリさん?」
「たまには、甘えさせてやらないこともない。その代わり、そのあとは、」
また、いつもみたいに笑ってよ
((今まで言ったことなんかなかったけど))
((君の笑顔は落ち着くんだ))
(言っとくけどどこにも行かないし、)
ヒバリさん先輩の余裕。
たまには息抜きも必要だよね。
090801