先の道のほうからは蝉の鳴き声が聞こえ、傍では風鈴が涼やかな音色を響かせていた。
夏だ、と土方は思う、
蝉の声も、風鈴の音も。
空の向こうにある大きく広がった入道雲も。
そんな視界に映るすべてのものが、土方のイメージする「夏」を成り立たせていた。
カラン、と乳白色したガラスに入れられた氷が土方の手の中で鳴り、存在を主張する。
その音を耳にしてから、土方は隣に座るミツバに目をやったのであった。
彼女はうちわで小さな風を起こして自分の栗色の髪をゆらしていた。それは少しだけ土方の黒髪も揺らす。
そのうち視線に気付いたミツバが、小さく笑みを浮かべ暑いですね、とやさしく呟いた。
そうだな、と土方は返す。
ギラギラとした太陽が輝く、そんな夏の日だった。
『十四郎さんもいかがですか?』
総悟を家の前まで送った土方が、そんな風に勧められたのが半刻程前。
一度は、いいと断ったもののご近所さんから頂いたらしいカルピスにつられ、結局土方は沖田家の縁側に腰をおろすことになったのだった。
「どうぞ。」
「…ん、」
盆の上にはコップが二つと、一口サイズに切り込みが入れられたスイカが置かれていて、ミツバはこれもご近所さんからなんです、と照れながら、二つのうち一つのコップを土方に差し出した。
「…総悟は?」
「今は水を浴びてます。汗でベタベタしたみたいで。」
「あんだけ走れば汗だくにもなるな。」
稽古が終わった途端にさっさと身仕度をすませ、家へと駆け足で向かった総悟の背中を土方は思い出した。
これのためだったのか。とやけに今日は、着いてくるな!だかなんだかと総悟がうるさかった理由がわかって(実力はあれど、まだ子供である総悟の見送りは近藤に土方が頼まれたことだった。)土方は呆れたように少し笑った。
一口、カルピスを飲む。
横からどうですか、とちょっと不安気に見上げてくる瞳を見付け、正直、土方には少し甘すぎる味だったが、少し考えてからうまい。と土方は返した。
「よかった、」
「総悟向けの味だな。」
「少し甘めにしてるんです。…そういえば、総ちゃん少し遅いですね。」
ひんやりとした冷たさがのどを流れるのを感じつつ、スイカを一つ口に入れると、思い出したようにミツバがそんなことを言った。
「そのうち来るだろ。」
「そうだといいんですけど、…早くしないと無くなっちゃうわ。」
どうやら身を案じての心配ではなかったようで(最も、総悟の強さを一番に認め、誇りとしているのは姉であるミツバだ)クスクスと控えめに笑うミツバを横目に見て、独り占めしてやりたい、と直感的に土方は思った。
何を、とは言わない。
少し甘い乳白色なのか、一口の赤い果実か、それとも。
「あっ、」
しばらく考えてしまってから土方は、自分のコップに注がれたカルピスを一気飲みすると、ミツバが声をあげるのも気にせず、皿に残っているスイカをひょいっと口の中に放り投げたのだった。
次々に赤い果実を頬張ると(といっても残っている総悟の分を2つほど多く食べただけだが)少し責めるような表情をしたミツバが、瞳を合わせてくる。
「遅ェのが悪いんだ。」
「だからってこんな意地悪しなくても。」
「今日ぐらいいいじゃねえかよ。」
「え?」
小さく呟いた台詞は一応ミツバに届いたようだが、あまりにも彼に似合わない多少いじけた声音に、彼女は首を傾げた。
どうしたんですか、と聞こうとした瞬間、
「今日は全部独り占めしてェ気分。」
そんなことを言って土方が悪戯に口元を釣り上げた。
まるで駄々をこねる子供のような台詞なのに、ニッと流し目に見つめられてしまったものだから、いつにない土方の表情にミツバの顔は赤く染まっていった。
しかし当の土方はさして気にしてないようで、もう一杯くれるか?とコップを持ち上げる。
「はい、」
「?、顔赤いぞ。」
「え!…す、すぐ持ってきますね。」
「おー?」
顔の赤さを指摘されたミツバが、急いで台所に行くのを不思議そうに見つめながら、土方はまたひとつ総悟のスイカを口に放り込んだのだった。
ミツバと同じ髪を揺らしながら、総悟がものすごい形相で土方に飛び蹴りを繰り出すのは、もう少しあと。
淡く、ひとりじめ
(気付かずに、陥落)
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