適当=適等
結局は、あなたが好みなんです。



当なプロポーズ



部活を終えた氷帝男子テニス部部室。
ユニフォームを脱ぎ、シャツに着替えを済ませたにも関わらず、動かない男が居た。
手帳からするりと落ちた何かに目を奪われている。
そんな男に友人が気付き、ぽん、と軽く肩を叩いた。

「おい跡部、何やって…」
「うわっ…!!?」
びくっと肩を震わせて、何かを手から落としてしまう。
そんな跡部に宍戸が苦笑すると、床へひらりと落ちた何かに手を伸ばした。

「ちょっ…」
「ん?なんだよ、これ」
ぴらりと見せたそれは、ぐしゃぐしゃで所々テープで補修された短冊のような縦長の紙だった。
小さくはあるが、真ん中に馴染みある字が書かれている。

「これって、忍足先輩の字ですか?」
珍しく興味を持った日吉が声に出す。
あぁ…と感嘆の声が漏れる中、向日はそっと宍戸の手から短冊を取り、跡部に返してやった。

「二年の時のだろ?」
「ああ…」
「二年?」
「ほら、七夕祭りみたいなのやったろ?笹持って来てさ」
「やったやった!懐かCー」
「ありましたねぇ…」
芥川に鳳も、楽しそうに此方へ顔を向けた。

「跡部、どうせだから話してやれよ」
「何をだ」
「侑士との馴れ初め話に決まってんだろ?」
「忍足が嫌がるだろ」
「やだやだ、俺は聞きたいCー!!」
「侑士居ねぇじゃん!」
向日と芥川、二人のお願いは聞くしかない。
跡部は溜め息を付くと、知らないからな、と釘を打ち話し始めた。
ボロボロの短冊に微笑を向けて…―






「何書こうかなぁ…っと」
「腹一杯肉食いてえとかダメかな?」
「両思いになれますように…」
「あ、K君でしょー!」
「志望校合格と」
「堅いなぁ相変わらず」

理事長の気紛れで、急遽置かれた笹に生徒達が群がる。
きゃぴきゃぴと華やぐ女子生徒、わいわい騒ぐ男子生徒。
笹には様々なお願い事の書かれた短冊がぶら下がった。
跡部景吾率いるテニス部もまた、ぞろぞろと手にした短冊を括り付けていた。

「そういや、侑士は何て書いた?」
「あんな岳人、願い事は人に言うたらアカンのやで?」
「マジで!?俺さっき宍戸に聞かれて言っちまったんだけど」
「神さんにごっつお願いしとき」
手近な枝に短冊を括り付けると、向日はぱん、と手を叩いて目を瞑った。
くすりと笑み、忍足は手に持った短冊をどうしようかと悩んだ。

一人一枚しかない短冊、変える事は出来ないのに、書いてしまった心からの願い。
はぁ、と溜め息をつく。

「忍足、辛気くせーぞ。どうした」
「あ、いや…何でもあらへんよ?」
作り笑いを浮かべる忍足に、跡部が呆れる。
ふと、ギュッと握られた短冊が目に入った。

「何て書いた?」
何気なく聞いた質問だった。
けれど、忍足の心臓はどくりと音を立てた。

「願い事は教えたら…」
「ダメってか?だが、一人の願いを皆で願うのも良いだろ。こんなに沢山の人間の願いを神様が叶えてくれるとは思えねえ。なら、一つある皆の願いを叶えて貰う方が良い。それに、一人より二人の方が念は強いぜ?」
ニヤリと口角を上げて笑う跡部に、忍足も思わずつられる。
跡部がこんなにも表情豊かなのは俺の前ぐらいだと先日聞いた事実も、忍足の唇を笑わせた。

「と言う訳で見せろ!」
「アカンて!」
とは言えこれは別である。
跡部にだけは見られる訳にいかない。
短冊に伸びる跡部の手から逃げようと、腕を左に振った時だった。
ビリビリ、と軽い音が聞こえ、短冊の半分を、跡部が持っていた。

跡部の顔が珍しく申し訳なさそうに歪む。
「忍足、…悪い…」
「ええよ、短冊ぐらい」
願いを書いた短冊が破られる。
あんな願いは聞けないと、言われているように思えた。
もうゴミだ、捨てようと思い跡部に手を差し出したが短冊は渡されない。


「跡部、ちょうだい」
「…部長、と…?」
「ぁ、アホッ!!」
忍足に返すどころか、跡部はあろう事か、真ん中に小さく書いたお願いを声に出した。
忍足は慌てて紙を引ったくり、ぐしゃぐしゃに丸める。

「なんだよ」
「何でもあらへん」
「部長って俺だろ?」
「だから?」
「気になんだろ、俺が何だよ」
「やから何でも無い言うとるやん!!」
珍しい忍足の大声は周りに居た生徒達の注目を浴びた。

「ーっ」
「忍足!」
不意に走り出した忍足を追いかける。
忍足も足は速いが、跡部程ではなく、更に持久力があまり無い。
少しすれば、忍足の肩は跡部に掴まれてしまった。


「なんなんだよ…」
「やから…」
膝に手をつき、息を整えながら忍足は尚も隠そうとする。

「要望があるのなら直接言えよ!セコい真似してんじゃねぇ!」
声が裏返りそうになったが、跡部は気にせず叫んだ。
どんな顔をしていたのだろう、忍足はびくりと心底驚いた顔をした。
そして、跡部の足元に丸められた紙が投げられた。

「…捨てただけやから」
呟かれた言葉に、跡部は紙を手に取った。
紙を広げて皺を伸ばし見難い文字を追う。








忍足には痛い沈黙が流れた。
短冊に書いたのは短文だ。もう読み終えているだろうに。
やっぱり書くんじゃなかった、後悔しても遅いのだ。


「…何か言えや。キモいとか、あり得んとか…」
「……」
勇気を出して言ったのに、跡部の口は開かない。
忍足が溜め息を付いた。



「…と言う訳で、付き合うか忍足。いや、もう侑士か。ご両親への挨拶はいつが良い?」





「は?」
思わず呆けた。

「いや、と言う訳でってなんだよ」
「部長…」
「だから知らないからな、って言っただろ…」
「重要なとこ照れ屋なんだよなぁ、跡部は」
跡部が語る馴れ初め話のまさかの終わり方に、部員達は一斉にブーイングをした。
跡部のくせに、と呆れられる。
仕方がないじゃないか、驚いたんだから。


「皆、何しょん?」
がちゃりと扉が開いて、忍足が入って来た。
教師との話が終わったらしい。
部室を見渡した忍足の目は、跡部が手に持つ紙で止まる。

「まだそんなん持っとるんかいな…」
「当たり前だろ」
「いい加減捨てぇや、ボロボロやん」
「嫌だね」
此方に背を向けて着替えだした忍足に、跡部は部員を集めた。



「とか言いながら、嬉しいんだぜ、あれ」
くくく、と楽しそうに笑う跡部に部員達は眉を下げた。


「結局、何て書いてたの?」
コソッと芥川が向日に尋ねる。


「あぁ、“部長と両思いになれますように”って。けど侑士、長の字間違えてんだぜ?一本横線多いんだ」
「だっせぇ」
「忍足らしいじゃん」



end,,,


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