そのダウト、ゴミ箱に。
□1つ目のゴミ
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この日は、今年一番寒い日だろう。
少女は久しぶりに外に出たものだから、少し身震いをした。
季節は12月半ば、なのに少女は上着を着ないでいた。思い立って出てきたものだから、手持ちのお金も無いし、もちろん携帯もない。
「戻ろう」と誰でも思う状況だろう。だが、そんなことは頭に無かったのだろうか、そのまま走りだした。
少女は、落ちついて物事を考えられる状況ではとてもなかった。
(兄さん)(兄さん)
少女には兄がいる。
生まれた時から、ずっと一緒な兄。多少自由人なところはあるが妹思いで、少女もそんな兄が大好きだ。
足は、一件の家に向かっている。自分で歩いていくのは初めてだったが、そんなことは今の自分は気にもしなかった。前に何回か来たことがあるから、なんとなく、道は覚えている。
幼いころから車での送り迎えをされていたので、体力はとてもじゃないが家までは足りないだろう。
だが、兄に会いたい一心で走る。
―――だって、私には兄さんしかいないのだから。
父も母も多忙な人で、家族での思い出は少ない。家にはお手伝いさんがいて、いつも相手をしてくれていたのを覚えている。
そんな思い出に浸りながら走っていたので、少女は目の前の段差には気が付かなかったのだろう。雪の上に転んでしまった。
雪の上だったので怪我はしていないだろう。兄さんがこの姿を見たら怒るだろうなぁと自分が今置かれている状況と不釣り合いなことを考える事が出来るのは、兄くらいだと思っていたけど…。同じ血を争えないってことか。
雪はとても冷たく、少女の体温を自分でも気付かないように段々と奪っていく。
あぁ…もう、駄目だろうなぁ…。
少女はゆっくりと、目を閉じた。
「…、アキ!!!」
自分を呼ぶ声で目が覚める。目の前には心配している顔で見ている少女とそっくりな顔。
天井をよく見ると、ここは自分の部屋だといういうことと、目的地にたどり着くことができなかったことが分かる。
目の前にある顔はあまりにも自分にそっくりで、ドッペルかと思うほどだ。
「大丈夫か!?」と言いながら抱きついてきたのでビクッと体が跳ねる。一瞬感じた、懐かしい石鹸とシャンプーと香水を混ぜたような、そんな匂い。この香りがする人は1人しか知らない。
「―――ごめん、ナツ兄さん」
自分でそう言って安心してしまうのだから不思議なものだ。
もし、抱きつかれているのが他の男の人だったら、どうなっていたことか。異性にはあまり慣れていないから、こんなことをされても大丈夫なのは目の前にいる兄だけだ。
「ホント、心配して…「兄さん」…」
兄であるナツの言葉をさえぎるようにして少女、アキは言葉を発する。あんなになってまで、会いたかった人物が目の前に入るのだ。
アキが会いに来ようとした用件を話したがっていることが分かったナツは、静かに口を閉じた。
「…どういうこと?」
目の前にいるナツに問うアキは静かに目を合わせている。ナツは一旦目を伏せて、また目を合わせた。
「こういうこと。俺は、これから七瀬ナツだよ」
【七瀬】は本当ならアキが名乗る筈の名字だ。自分が知らない間に、何故彼が名乗っているのだろうか。
「なんで…そんな…」
「事業を持っていた方が【七瀬】も気に入ってくれるだろう。ただでさえ、今は大変な時期だし少しは俺も役に立つかもしれない」
七瀬は母方の名字で「捨てられた」を意味する。
父と母は今年に正式に離婚し、私と兄さんはどちらの姓を名乗るか選択を迫られていた。中学生だが、それくらい分かっている。
父方は今までと同じ生活ができるが、母方は自立しなければならない。それくらい今の母方の家はピンチなのだ。
「――っでも…!!」
母方の姓を名乗るのは親との相談でアキと既に決まっていた筈だ。なのに、ナツがわざわざ捨てられる方の名字を名乗っている。私は、変わらない生活を押しつけられたのだと感じだ。
不愉快だ。
「だって俺、お前のお兄さんだし」
私が、守られたのだ。目の前で笑っているこの兄に。それはアキにとっては許し難いことだった。だが、結局頷いてしまうのはナツはそれぐらい包容力があるからだろう。
アキは長い睫毛をパチパチと音が鳴るように瞬きをする。何度瞬きをしようと目を擦ろうと、ナツは優しく笑っていた。