そのダウト、ゴミ箱に。
□4つ目のゴミ
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街中に立ち並ぶマンション。その中でもひと際目立つスバ抜けていかにも高そうなマンションの最上階に住むアキは時計を持ったまま固まっていた。
なんというか、声も出ない。そもそも目覚ましをセットしたはずなのに何故鳴らないのだ。
それは、きっとアキ本人が無意識のうちに止めていたのだろう。久しぶりに沢山寝る事が出来たので寝起きは驚くくらいスッキリとしている。逆にそれに腹が立つが。
今日こそは学校に行こうと制服もクリーニング済み。さらしも新しくして準備は万端だったはずだ。なのに。
とりあえずやつあたりをしている場合ではない。
アキは担任に今日から学校に行くと告げていたので行かなければ事が大きくなってしまうかもしれない。
既に時計は12時をとっくに回っていたので、アキはこれから昼ご飯を食べてゆっくり準備をし、顔だけ出せばいいかなくらいの気持ちだった。
環の事が頭によぎる。アレ以来まったくアキは環に会っていない。
急に長期で休んだからまた何か五月蠅く言われるだろうなぁ…。環とは連絡手段がない。あの時の双子に謝っておいて欲しかったのだが。
アキはマンションの下に車を呼び、自分は着替えに取り掛かる。
さらしを巻き、その上からタンクトップとワイシャツを着る。ワイシャツは透け防止のために黒を特注した。そして白いカーディガンとブレザーを着て完全防御。これで女とはばれないであろう。
髪はワックスを付けて癖っ毛のようにハネさせる。余程のことがない限り水でも崩れにくいタイプなので安心だ。
耳のピアスはナツとおそろいで、左耳に2つ並んでいる。ナツはその上にイヤーカフをしているのでそれで使用人には見分けて貰っていた。
実際イヤーカフは髪で隠れてしまうので大した目印にはならなかったようだが。
シークレットブーツを履いて、外に出る。昼間の太陽は秋なのにとても眩しく思えた。
「前髪、邪魔だなぁ…」
先日のパーティーの時は流石に顔を隠すわけにもいかず前髪を止めていた。
意外にもバレていないらしく、アキが思っているより目は気にすることも無いのかもしれない。
まぁ、特に困ることも無いし、これから冬なのでそっちの方が暖かいのではないかと思っている。
「ねぇ、俺ってナツ?」
「えぇ、とてもそっくりですよ」
運転手に問う。この運転手は年輩で、「じぃ」と言った方が正しいのかもしれない。ずっと昔からアキ専用で運転をしている。やはり、この人の目はごまかせないか。
俺ってナツ?なんて言われると大半の人は当たり前だろう本人なのだからと思うだろうが、それがアキと知っている人はそっくりだと思う。
この人には事情は話していないはずなのだが。小さいころからアキとナツのことを見分けれる人は家族でも珍しかったのに、この人はいとも簡単に見分けてしまった。
見分けて貰いたい。見分けて貰いたくない。2人で1つだ。でも他の人間だ。
我がままなのだろうか。これが双子なら普通なのだろうか。よく分からないがとりあえず今日も1日頑張ろう。
結局学校に着いたが授業が既に終わっていた。
やることがない。そろそろ部活動が始まりそうな時間帯にアキは廊下を1人で歩いていた。校内見取り図は既に頭の中に入っているので迷うことはないだろう。
しばらく歩いていると、何かが水の中へ落ちる音が聞こえた。アキは窓から下の池を覗きこむ。すると、そこには誰かの鞄がご丁寧に中身も綺麗に巻き散らかれていた。
「金持ちでも、こういうことあるんだなぁ…」
視界の端に女の人の人影が見えた。多分犯人はあの人だとアキは思った。とりあえず、アレを拾わなければな。
「よっ…と」
池まで降りて、上に着ていたブレザーを脱ぎ、腕と足を捲る。そして水の中へゆっくりと入る。
思ったより水温は冷たくはない。これで冷たかったら大変な事になっていただろう。とりあえず、一番近くにあった鞄から順番に拾っていく。
この鞄の持ち主ではないため、何が足りないのか分からない。少しアキが困っている時、後ろから声が聞こえた。
「す、すみません!!それ自分の鞄です…!!!」
「…あ、これ?」
走ってきたのは黒髪で小さな可愛い…アレ、この子男子の制服…?アキが走ってきた子をガン見しているとその子も足を捲って鞄の中身を集め始めた。
「ありがとうございます…でも、高い制服が…」
「そんなの君だって同じじゃない。まぁこれくらいなら別にクリーニングで元通りだから、気にしないで」
「…でも、中々深夜に仕上げてくれるクリーニングなんて…」
「ん?」
「あ、いや、なんでもないです」
この子は、男の子なのだろうか。それとも男装?男装だったら何故このような格好をしているのか、こんな可愛い子が。
アキは自分と目の前の少年の背丈を比べっていた。自分みたいにもう少し身長があったらこの子も女と思われることもないだろうなぁなんて、余計なおせっかいだろうか。
後は財布だけ、となった。だが中々その物が見つからない。目の前の少年と向き合う形で財布を探したいた。すると、遠くのほうから金髪の、そう、アイツが来たのだ。
「部をサボって水遊びとは素敵な趣味だなコラ。なんだお前、鞄を濡らして」
「ちょっと落として…後は財布だけなんですけど」
「っと、……あれ、彼は…」
「あ、実は拾うのを手伝ってくれた人で…えっと、名前は…」
「ナツ、七瀬ナツか!?」
目が合わないように顔を伏せていたのに。目の前の環はいとも簡単にアキと分かった。
興奮したように指を指し、1人で何か言っているのが聞こえるが、アキは無視をして財布を拾う。相変わらず騒がしい人だ。
「財布あったよ」
「ありがとうございます…」
「いいよ、 別に」
言い方が少し冷たかったかなと思い、後から少し笑うと少年はホッと肩をなでおろした。
「環先輩のお知り合いなんですか?」
「そんなところ」
さっき部をサボってと聞こえた。すると目の前のこの少年は環が部長を務めているホスト部の部員ではないか。
可愛いし、そういう部活には不釣り合いな気がするが環のことだ、何か考えがあってのことだろう。
「今までいったいどこに…!」
2人が会話をしていると横から環がひとしきり叫び終わったのか、声をかけてきた。
「お仕事だよ」それだけ答えて後からごめんねと付け足す。彼は自分の事をずいぶん心配してくれていたのか、少し嬉しくなった。