そのダウト、ゴミ箱に。
□5つ目のゴミ
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時刻は昼過ぎ。カーテンの隙間から覗く雲った空。何も考えたくなくなるような己の熱っぽさ。その火照りがある分頭の上に乗った濡れたタオルは気持ちがいい。
そう、気分はまさに―――…最悪だ。
「ハァ…」
あの後完全に風邪を引いてしまった。多分大きな仕事が終わった分の疲れがドッと来たのだろう。
朝に塗れタオルを頭の上に乗せて以来、アキはその場を動けないでいた。1人暮らしの為、何も出来ないのである。とりあえず何か食べたいのだが…水にすら手が届かないとは。
今頃、学校では皆授業してるのだろうか。久しぶりに授業を教室で受けれると思っていたのになんなんだ。
幸い明日から休みなので土日を挟んで月曜から学校へ行こう。
ごろりとアキが寝がえりを打つと頭の上にあったタオルがポトリと落ちてしまった。
もう、拾う気にもならない。黙って目を瞑る。今日は大人しく寝ておこう。明日にでも家に連絡して使用人を呼んで…
そこでアキの記憶は途切れた。
自分が起きてみると、そこは自宅だった。自宅とはマンションの事ではない。本家だ。そして周りで慌ただしく使用人たちが動いているのが視界に入る。
アキのベッドの横には心配そうに塗れタオルを変えてくれるナツが事故に起きた時に連絡をしてくれたあの使用人の女の人がいた。
なんだ、夢か。
そう思ってアキはまた目を閉じて、深い眠りに――とはいかず、中々寝つけずにいた。
もう一度目を開けると慌ただしく動く使用人たちは健在で。とりあえず静かにしてもらい、部屋の中で1人で寝ようと思ったのだが久しぶりの本家だったからだろうか。前は逆だったのに、なんとも可笑しいものだ。
ふっかふかの枕を抱きしめる。形は羊、色はピンク系統で特注で作らせたものだ。
とても気に入っているのだがマンションには流石に持って行けなかった。何故かというと、女物があるとマズイから。それだけの理由だ。
なので私服も全て新しいのを買ったし、下着も…流石にそこまではしたくなかったので、レディースっぽくはないモノを使っている。
男装は徹底しており、筆跡まで真似をしろと言うのだから驚きだ。元々似ていたので少し癖を付ければ完璧にナツの字にそっくりで流石双子と言うべきか。
まぁそんなの今はどうでもいい。とりあえず寝つければいい。アキは羊の数を数え始めた。
「羊が一匹、羊が二匹…」
何故人は羊を数えるのだろうか?それは羊(sheep)と睡眠(sleep)が似ているから…と言う理由らしい。発音が似ていることから眠りを連想させるようだ。一種の催眠術と言ってもいいだろう。
他にも羊が柔らかな印象があったからだとかアルファー波だとか色々な説がある。
つまり何が言いたいかと言うと、羊をただ数えるのは無意味ということになる。
いつものアキはこんな単純な事はすぐに分かるのに、よほど熱が上がっているのか、ただ淡々と羊を数えていた。
「…羊がにまんせんごじゅ…羊がにまんせんごじゅういち…」
おはようございます。朝です。羊は夜通し数えておりました。結局寝てません。どういうことだ。
だけど横になってゆっくり出来たのがよかったのか、置き上がって見ると体は意外にも軽かった。
「アキ様!」
「あ、おはよう」
使用人が廊下を歩いていたアキに気付き慌てて声をかける。
「安静になさって下さい!」
「もう大丈夫。ところで今日は何曜日かな」
ニカッと笑って安心させる。使用人はえーっと…と言いながら曜日を確認する。次に出てきた言葉にアキは固まってしまった。
「月曜日、ですね」
「えっ…?」
月曜日?ということは自分は土日を寝て過ごしたと言うことになる。しかも、今日からまた学校ではないか。
「制服は…!?」
「部屋に吊るしておいたはずですが…」
そう言われて走って自分の部屋に戻る。すると使用人の言う通りに制服がかけてあった。不思議な事に、新品である。
そういえば水に濡れた後クリーニング出してなかったなぁ…気を効かせてくれたのだろうか。
さらしを巻き、新品の制服に袖を通す。よし、完璧だ。寝ていなかったので少しクマが見えるが…それはファンデーションで軽く隠せばなんてことはないだろう。アキは手慣れた手つきでクマを隠していく。
シークレットブーツを履くと、長い脚が余計に目立つ。体は女なので多少細いが、まぁナツも細かったのでそこまで気にはならない。
アキは自分の眠そうな顔を叩いて気合いを入れる。
「――――よし」
前髪で表情はあまり見えないが、その顔は実に満ち足りていた。
まるで、今日からの毎日をとても有意義に過ごせそうな、そんな。
それは実に勝手な解釈で、他の人が見たらまったく逆の意見を言われるかもしれないが、アキがそう思ったのだから正解なのかもしれない。