なるべく気配を消して部活に向かう。陸上部の使っているトラックまで行くのには昇降口を使って目立つ道路をまたがないと行けないので疾風ダッシュで向かう。
サッカー部(主に円堂くん)に捕まらないようにする作戦だ。今の私は完全に風なので誰も付いてこれはしないだろう。そう思っていると不意に腕をガッチリ掴まれた。
――まさか。ゆっくりと後ろを振り向くとそこには眩しい笑顔。
「サッカーやろうぜ!」
10
明らかに部活に行く気満々だった陸上部をサッカーに誘う馬鹿は一体何処にいるのだろうか。そう、目の前にいます。
「サッカーやらないぜ!」
そう言って腕を振り払おうとするがそこは男女の差でガッチリと掴まれた腕は力なく宙に浮いている。残念ながら抵抗も出来なかった。離してくださいと言った風に目の前の円堂くんにガン付けると笑顔に弾き返された。
「どうしてお前はサッカーやってくれないんだ?」
「えっだって陸上部なんで」
しゅんとなる円堂くんに苦笑いをしてジリジリと部室棟の方に足を進める。「俺お前とサッカーしたいんだ!」なんて熱く語る彼には少々申し訳ない事をしたなと思う。あんな思わせ振りな態度を取ってしまったのが今回の件の引き金だ。
「私、サッカー好きだよ」
「――、なら!」
「でも、風丸くんみたいに転部する勇気はないから…」
「じゃ、」と短く挨拶して、腕を掴む力が少し緩んだところで逃げるようにその場を後にした。後ろから何か聞こえてきたけど私は早く部室に逃げたくてそれどころじゃなかった。
ドアを乱暴に閉めて練習着に着替える。こっちのユニフォームの方が私には合ってると思う。少し肌寒いような気がしたので上にジャージを羽織ってトラックに向かう。
一番乗りだったらしい。1人でアップをしてると宮坂くんがこちらに向かってゆっくりと歩いて来た。手を振ってみると宮坂くんはそれに返さないで私の目の前に立った。
「――円堂さんが、『悪かった』って」
「え、」
「なまえさんに散々突っかかってたからじゃないですかね」
「そんな、円堂くんの所為じゃないのに」
芝生の上に宮坂くんが座ると私もその隣に座った。チラリと彼を見ると広いトラックの方を向いていた。
「サッカーするんですか」
ぽつりと呟いた宮坂くんの言葉は宙に消えた。そういえば宮坂くんは風丸くんがサッカー部に転部した時も彼に突っかかってたっけ。私は風丸くんみたいに慕われてないしそれは難しいかななんて考えてちょっと笑う。
「私は、陸上部だからね」
そう言って大きく伸びるとこちらを向いた宮坂くんと目が合った。私が笑うと拗ねるようにそっぽを向いてしまったのは少し残念。私が立ち上がると宮坂くんは座ったままだった。
「今週末の試合、観に来て欲しいって」
「それは、」
「その次もその次も来て欲しいって」
強い風が私たちの間で吹いた。宙に放り出された髪が静かに舞う。それが邪魔して宮坂くんの表情は見えなかったが多分笑顔ではいてくれていないのだろうと思った。少し肌寒い今日はやはり上にジャージを着て正解だったなと思った。