そのダウト、ゴミ箱に。

□1.5つ目のゴミ
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あれから、気付くと丸1年経っていた。アキもナツも高等部に通っている冬。あの人同じ、とても寒い日に事件は起きたのだ。




記憶を引っ張ってこないと思いだせないような一昔前に流行った曲が部屋に響く。


体調があまりよくない事を理由に、学校もほとんど行っておらず友達が少ないアキの携帯が久方ぶりに鳴った。少し驚きながら電話を取ると番号は母親の家のものだった。




『アキ様!!!』


突然電話越しに叫ばれたもので、危なく携帯を落としてしまうところだった。



電話口からは懐かしい声。いつも、私たちをよくしてくれた七瀬のお手伝いさんだろうか。何でも出来る人で、いつも落ちついていて、大人の女性みたいなとてもカッコよかったあの人がこんなに声を張っている。その事に驚きだった。



「どうしたの?」

『それが、ナツ様が――――!!!』

「…え…っ?」




アキは電話を切り、すぐに家がいつもお世話になっている大学院へと向かった。いつもは静かなアキが荒く声を上げて目的地を告げた為、運転手も急いで車を走らせる。



(ナツが、)(ナツが…っ)



先ほどの電話の内容がフラッシュバックする。震える手を覆うように握り、ただただ祈るしかできなかった。



(ナツが、事故に巻き込まれた)









その日の夜、父に書斎に呼び出された。書斎は仕事の資料が大量に置いてあり、母でも入ることが許されなかった場所だ。アキは父に会うことより、書斎に入ることが恐ろしかった。



「…お父様」


大きな扉をノックして、ゆっくり中へ一歩一歩踏みしめて入る。自分身長のの何倍あるだろうかという本だなの横を通り、一番奥の机に座っている父を見る。


相変わらずの冷たい目でこちらを見つめる父に無意識に鳥肌が立つ。心が見えないのだ。その深い黒の目は私と兄も同じで、嫌な所が似たと思う。




「…ナツの件だが」


広い部屋なのに父の声だけ重く響く。それに比べれば、アキの声なんて消えてしまいそうであった。



「事故を起こした相手が大事な取引先の専務だそうだ」

「そう、なんですか…」

「このことは、なかったことにする」

「…えっ…?」



つまり、揉み消すのだろう。親は子を愛すはずだが、この人は何を考えているんだろうか。




アキが信じられないと言った顔で己の父を見ると、表情1つ変えずに「事故は、起きていないしアイツは無傷。それだけのことだ」とだけ言って立ち上がり、アキの横を通ってまたどこかへ仕事に行ってしまった。





「…それだけのこと」



さっき父が言った言葉を繰り返す。小さく、部屋に響いた。


 兄は目を覚まさない。今日も、ずっと深い眠りについている。まるで、もう二度と起きないようで私の心の中にぽっかりと大きな穴が空いたように感じた。

 





病室は、消毒薬の匂いがツンと鼻を掠める。
 



平日の昼下がり、普通の学生ならば今の時間帯は真面目に授業を受けていることだろう。


ナツのベッドの横には、ナツ本人かと見間違えるほどそっくりな双子の妹の姿があった。



あの桜蘭高校の制服に身を包んでいるその姿は、とても高貴なモノだ。

しかし、いつものように膝までのあの女子の制服ではなく、特注で作らせた指定の黒のワイシャツと白のジャケット、明らかに男物と思われる学生服を着ているのは紛れもなくアキで。


さらに長く綺麗だったアキの黒髪は、バッサリと短く切られている。

無造作にワックスで髪をハネさせており、長い前髪でまるで黒く深い瞳を隠すようにしていた。





そう、私は、ナツの身代わりだ。





ナツが目を覚まさないことによって会社の穴はどんどん大きくなっていく一方だった。

更に、学校への影響もあるようで、こうやってナツが目を覚ますまでアキが通うことになったのだ。



(――大人って、勝手)




学生鞄を入れ替えて、病室から出る。


ちなみに病院には口封じをしているようで、ナツが入院しているのは一部の人しか知らないという。

そこまでして、今回の事を隠したいのだろう。




シークレットブーツで多少の違和感がある大地を踏みしめる。



(――今日から、俺が七瀬ナツだ)







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