そのダウト、ゴミ箱に。

□4.5つ目のゴミ
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「本当にいいのかな…」

「いいに決まってるだろう!早くタオルで拭かなければ風邪を引いてしまう!」

「う、うん…」

「今タオル持ってきますね!!」



本来は部活中であろう第三音楽室の一角にある椅子にアキは腰かけていた。

本当ならばあのまま帰るつもりだったのだが、風邪を引いてはまずいと半強制的に部室まで連れてこられたのである。


ドアを開けて中に入るとそこには予想以上の光景が。右も左も女の子で溢れかえっているのだ。更に少人数の美形達がテキパキと接客をしている。

ここが、ホスト部か…


それにしてもさっきから女の子の視線が痛い。こんな外見をしている所為なのだろうけど、いくらなんでも見過ぎではないだろうかと思うほど見てくる。チラチラならまだいいだろうが、いわゆるガン見だ。



アキの為にタオルを沢山持ってくる環。明らかに不自然な量である。

「おい環。何故七瀬君がこんなところに?」

ノートに何やら書き込んでいる環と浸しそうな部員が話しかける。アキを知っていることから同じクラスなのだろう。

「なんでも池に落ちたハルヒの鞄を拾ってくれたらしい。このままでは風邪を引くと思ってタオルを…」

「まぁ、早めに切り上げろよ?お客様がお待ちだ」

「分かってる」




分かっている。環はタオルを持ち直し、アキの元へかけ足で向かう。自分より高く積まれたそれで前は見えないのだが。

かなり、不安定な状態なのだが、大丈夫だろうか…遠くで見ていたアキが小さな崩れに気付いたときは既に遅し、タオルの山はアキ目がけて倒れてきた。




「うわああああ!!!!」

「うわああああ!!!!七瀬君!!」


もちろん被害を受けたアキが叫ぶのは納得できるが、倒してしまった環がそれと同じ、いやもっと大きな声を上げてムンクのような顔になっていた。だから…その顔に似合わないことしない方が…


タオルに埋められたアキを一生懸命に探す。アキを発見した環は思わず感涙でアキを抱き上げた。

まぁ、小さな子供を高い高いするようなものだ。多分自分は今真っ赤なのだろうと思う。


それは抱きあげられたことが恥ずかしかったのか、異性に触られたのが恥ずかしかったのか、両方なのかは自分でも分からない。



「七瀬君無事か!?怪我は!?」

「だ、大丈夫だけど…この格好は…」


環は気付いていないのだろう。なんかもう顔が汗と涙と何かで汚い。肩に乗っていたタオルで一応拭いてあげた。部長がお客さんの前でこんな顔じゃ駄目だろう。…ん?お客様?


チラリとアキが後ろを振り返ると、皆こちらを見ていた。そう、皆だ。さきほど自分の為にタオルを取りに行ってくれた少年も、皆。


「…えっと…?」

アキは混乱した。目の前の彼は依然自分を抱き上げたままだった。冷や汗が首筋に垂れる。とりあえず無理やり動いて地面へ足を付ける。その場を逃げ出したくなる気持だった。


「それにしても軽いな。ちゃんと食べてるのか?」

「…一応、それなりには」


こういう時に空気が読めないっていいと思った。ああ、明日から私は笑われ者か…




「…光、あの人って…」

「ん?どうしたの馨」

「いや、なんでもないよ」

高等部の制服を身にまとった双子の馨、と呼ばれた方はずっとアキを見ていた。

自分の不注意で花瓶を落としてしまった相手だ。忘れるわけがなかった。

光は忘れてしまったのだろうか。それとも知ってて知らないフリをしているのだろうか、どちらかは分からなかったが自分の心に今あるのは罪悪感だった。


あの時に謝っておけばこんな風にまた出会ったときに笑っていられたのだろうけど、自分はまだ喉の奥に魚の骨がつっかえたような、そんな気持ちでいた。




「環先輩!何やってるんですか…」

「えっ?…あっ!!すまない七瀬君…!!!」

やっと自分のしたことに気付いたのか、タオルを拾って集めている少年に指摘されてやっと環は我に帰った。その時には既に遅し、第三音楽室内はなんとも言えない空気になっていた。




アキが次に自分の世界から現実に引き戻されたのは女の子の甲高い声を聞いてからである。



あの後何が起こったのかは分からないが、とりあえず環が営業トークのようなもので誤魔化し、アキが真っ赤になると女の子達は次々に顔を赤くして悲鳴を上げる。なんというか、フラフラと倒れそうで危ない状況だ。

そうした本人はアキが真っ赤なのは演技だと思ったらしく、こちらも調子に乗っていた。アキからしてみればいい迷惑である。



「ちょっ…この人どうにかして…」

「どうしたんだい?そんなに照れちゃって。これが最近流行りのツンデレかな」

「黙れ」という言葉をアキは飲み込む。明らかに環のペースに巻き込まれてしまったので他の人に助けを求めるが営業だと思ってしまったらしく、中々抜け出すことができない。

少年には呆れられてしまうし、同じクラスの鳳鏡夜は目も合わせてくれなかった。



「――ッ誰か…!」

アキがぐいぐいと環を押し、近くにいた身長が高い先輩と目が合う。すると、その先輩はコクコクと頷いてふわりとアキを抱き上げた。


「モリ先ぱ…」

「…環、後がつっかえているぞ…」


環の方をじっと見てゆっくり口を開くと環はハッと何かを思い出したように持ち場に戻って行った。


最後に「七瀬君また!」と笑顔で手を振っていたが。


「…あの、ありがとうございます…」

「…気にするな」


降ろしてもらうと、その人は自分が思っていたより身長が高くて、思わず見上げてしまった。

なんだかとても見覚えがあるような気がするその容姿に、アキは見惚れていた。


なんだか、懐かしいような気もする。どこで会ったのだろうか…

モリ先輩、と呼ばれていた人も何かを思ったらしく、アキを見ていた。はて、やはりどこかで…



とりあえずタオルを持ってきてくれていた少年は藤岡ハルヒと言うらしい。ハルヒに挨拶をし、騒がしくなった音楽室を後にする。





あの人、僕等の事気付かなかったなぁ…。馨は光のとなりで黙ってあの日の様にアキの後ろ姿を眺めていた。

助けを求められたら助けるつもりだったのに、モリ先輩にしてやられた。殿も殿だ。


あんなにあの人の事をいじって、なんだか…面白くないなぁ。




「ハクシュンッ」

(本当はこんなに長居するつもりはなかったのに…)(アレ、これ冗談抜きで風邪引いたかもしれない)







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