そのダウト、ゴミ箱に。
□5.5つ目のゴミ
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「七瀬君!おはよう!!」
朝一番に挨拶してくれたのは環だった。教室のドアを開けた瞬間に何処からか飛び出たかのように目の前に現れたものだから、一旦ドアを閉めようかと思った。
「おはよう」
そんな彼のキラキラとした笑顔を朝早くから見るのは流石に辛い。なんというか、全ての気力を吸い込まれそうな勢いだ。
まさにブラックホール。アキが挨拶を返すと後ろに花を背負ったみたいにオーラが増した。そんなに嬉しかったのだろうか。
「朝っぱらから済まないね。おはよう」
そう言ったのは同じクラスの鳳鏡夜。学年主席でこのクラスの委員長、さらにホスト部の副部長までも務めている。
彼に挨拶されるとは思っていなかったので言葉に詰まってしまったが、なんとか笑ってあいさつを返す。
「おはよう。鳳君」
「風邪は大丈夫だったのかい?」
「ええ、おかげさまで」
そう言ってチラリとアキは環の方を見る。すると「悪かったってー!」と言って環は泣きついてくる。さらにうざったい上に暑苦しい。
そんな彼を見てて面白いと思ってしまう自分もいる。
アキが風邪だったのは身内しかしらないはずだが、目の前の鏡夜は何故知っているんだろう。木曜日の事から推測したのか?
「うちの部長が迷惑をかけたようで…申し訳ないね」
「いいんだよ。あれくらい元気じゃないとあの部活をまとめられないだろう?」
目の前に本人がいるというのに鏡夜はズバズバと言う。なるほど、この人はこういう人なのか…敵には回したくないな、切実に。
そんなことを思いながらアキも嫌味を込めて環のことをいじる。反応が面白いのでついついやってしまったが、後からやりすぎたかな、なんて思ってしまった。
「ごめんって。須王君」
そう言って環の肩をポンポンと叩く。するといじけていた環は少しばかり復活したようだ。眩しい。
アキが目を細めるとそれに気付いたのか、鏡夜がパンパンと手を鳴らす。
「はいはい。そろそろ席に着席しないと本礼が鳴ってしまうよ?」
鏡夜の言葉を聞いて「あっ」と声を上げる。危ない、遅刻扱いになってしまうところだった。
この人は空気が読める人だなぁ。流石委員長。流石主席。流石副部長。と、心の中で鏡夜を褒め称えているとそれに気付いたのか、心を読まれたのか。鏡夜はアキの方を見てにっこり笑った。
何か言いたそうな環の背中を押して無理やり席に座らせると鏡夜も自分の席に着席する。それを見て、アキも椅子を引いて座る。
ちなみに席はあまり近くはなく、アキは窓際だ。まぁ話しかけようと思えば話しかける事が出来る位置ではあるが、そこまで用件は無い。アキは黙って授業を受ければそれでいいのだ。
移動教室の時、アキは環と鏡夜に声をかけられた。
「昼休みは一緒だからな!約束だぞ!」
「えっなんで…」
「どうせ一緒に食べる奴もいないんだろう。環なりの気遣いだ」
2人がアキに構う理由は無い筈だ。どうしてそのような誘いをするのだろう。寧ろ自分といることで逆効果となる筈なのに。
「…鳳君、口調がずいぶん砕けていらっしゃいますね」
「七瀬ということで仲良くしておこうと思ったんだが、君は既に俺の性格に気付いていたようだったからな」
「そうなのか!?ナツ君は凄いな!!」
俺ですら最初は般若ということは気付けなかったぞ!?とかなんとか環が言っていると横で鏡夜が環の頬を引っ張る。
確かにアキは鏡夜の性格を分かっていた、それは口には出していなかったので気付かれていたことに驚いている。
「鳳君は、恐ろしいほど空気が読める人だね…」
「褒め言葉をどうも」
そう言ってほほ笑む鏡夜を見て、アキは今ならこの笑顔が張り付いたモノだということが分かった。
「それで!!ランチは一緒に食堂だからな!!」忘れていた。彼を。
「う、うん…分かったよ。それじゃあ、また後で」
鏡夜の後ろからひょっこり出てきた環に頷いてその場を去る。選択している教科は環と鏡夜とは違うモノが多いらしく、この日は静かに授業に集中できた。
さて、次の時間は問題のランチだ。
大きな男2人に挟まれて学食へと向かう。なんというか、捉われた宇宙人の様にも見えるその光景はとても目立っていた。
ホスト部の人気の2人がこんな男を挟んで歩いているのだ。目立たない方が可笑しい。
それはさしずめ学校になじめないクラスメイトと自主的に仲良くしようとするいい子達のようだったが。
「いつも、どのランチを食べているの?」
メニュー表を見ると、結構種類があった。自分では決める事が出来なく、右に立っていた環に問う。
「俺は最近はAランチかな…」
Aランチ…どこにあるのだろうか。そのAランチは。上から見て行くと端の方にあった。今日はAランチの中身は魚介類らしく、新鮮なカルパッチョが目に着く。
残念ながらアキは魚介類は得意じゃないので次は左に立っていた鏡夜に目をやる。すると目が合った。
「俺は、大人しく前菜から選べるものにした方がいいと思うぞ」
「それって、全部選べるんだ?」
「好きなの選んだ方がいいだろう。どうぜ魚介類が苦手なのだからな」
そう言ってフッと笑った鏡夜が恐ろしく感じた。何故分かった…
「それじゃあ、これとこれとこれと…あ、後デザートも欲しいな」
「それではこちらはいかがでしょう?」
「ミルフィーユ!甘いものは大好きです。それをお願いします」
シェフが出てきてくれて、丁寧に説明をしてもらった。これで今度は迷うことも無いだろう。
「甘そうだな…」
「サービスだってさ」
目の前のミルフィーユを見て鏡夜は眉間にしわを寄せる。アキは生クリームやフルーツやらがトッピングされたそれを美味しそうに頬張る。
「鳳君は、甘いの嫌いなんだ」
「俺は好きだぞ!!」
「五月蠅いぞ環。まぁ、あまり得意ではないな」
自分は鳳鏡夜に問いかけた筈なのだが。何故この人が返事をするのか。鏡夜が環を一喝し、ため息交じりの声でそいういうとアキは「なるほど」と言いながらケーキを食べる。
どんなに眉間にしわを寄せられても、食べないことにはめのまえのこれは減らないので嫌がっている鏡夜を尻目にアキはどんどんフォークを進める。
「それで、須王君は甘いの好きなんだね」
さっき一喝され、へこんでいる環を見ているとこっちまでじめじめしてくるのでアキは環にも話しかける。
「…で、俺はこれが好きなんだが七瀬君はどうだろうか?あ、でもな、俺よりもーっと甘いものが大好きな先輩がいてだなぁ」
ぺらぺらと何かを喋り始めたのでほっといたら今度は身内話が始まった。
「へぇ」とだけ相づちを打ち、その話をなんとなく頭に入れる。
「ああ、ハニー先輩のことか」
「ホスト部のマスコットと言ってもいいだろうな!!!」
さっきまで興味無ささげだった鏡夜が会話に入ってきてテンションが上がったのだろうか環はそのままべらべらと喋り続けていた。
「ホスト部って、色んな人がいるんだね」
「まぁな。全部アイツが考えたメンツだ」
「へぇ、須王君らしいっちゃぁらしいね」
鏡夜はアキと話しながら食後のコーヒーを飲む。それにしても、この学校のお昼休みはずいぶんゆったりとしているんだなぁとくだらないことを考えてみたり、そういう時間だった。