そのダウト、ゴミ箱に。

□5.8つ目のゴミ
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放課後、部活へ向かう環と鏡夜をアキは見送り、図書室にでも行こうかと廊下を彷徨う。

部活を見にきてみないかと誘われたのだが丁寧にお断りさせていただいた。


図書室の大きな扉をゆっくりと開くと、すんと鼻を掠める本の匂い。天井まで高く積み上げられた本だなを見ると己の父親の書斎を思い出し、無意識に眉間にしわが寄る。本は好きなのだが。


とりあえず人差し指と中指で寄ったしわを伸ばし、図書室の奥へと進む。ちなみに、奥には英書がずらりと並んでいる。

流石私立と言うべきか、流石桜蘭と言うべきか。どこかの国立図書館のような本の量だ。

アキは、何かに没頭したい時は英書を訳しながらゆっくりと読むことが多い。暇潰しにもなるし、何より英書が好きなのでアキには持って来いである。


「――あ、アレがいいかな」



自分の背丈よりもずいぶんと高い所にある本が目に付く。

ここら辺の本は全部制覇したはずなのに、最近になって他の人が返したのだろうか?その本だけホコリを被っていなかった。


さて、問題はこの本をどうやって取るか、だ。このくらいならジャンプをしていけるだろうか…背伸びをしたくらいじゃまったくアキの手は本を触ることもできなかった。


本来なら脚立を使えばいいものの、この図書館は広いので端っこから端っこまで持ち運ぶのが面倒だ。


アキはぴょんぴょんとジャンプをして、本に触れる。後少しで本が落とせそうだ。



「あと少し…!」


普通にジャンプしては届かなそうなので、勢いをつけて大きくジャンプをする。

すると、本は見事に本だなから抜けた。が、おまけに大量の本も上から降ってきた。


その本に引っかかっていたのだろうか、予想していないことにアキは避ける事が出来なかった。




「う、わ…っ!!」

バサバサと本が落ちる音が響く。アキは目を瞑り、体を強張らせる。こんな大量に本が落ちてきてはただでは済まないだろう。しかも自分は何もガードの準備をしていないではないか。

最後の一冊が床に落ちる。だが、自分に襲いかかって来る筈の痛みがまったく感じられなかった。

アキがゆっくり目を開けるとそこには、自分と同じ制服を来た背中が。


「…えっ?」

「いたたた…、アンタ大丈夫?」

「う、うん…」


アキをかばってくれたこの学校の生徒。お礼を言おうと目の前の彼の顔を覗くと、そこにはどこかで見た顔が。

そう、あの時のドッペルゲンガーズの片割れではないか。


「俺は、平気だけど…君は…」


あの量は流石に当たったら痛いだろう。シークレットブーツを履いた今の自分より5cm程大きい彼は、苦痛の顔をしていた。


「打った、でしょ?保健室行こう」

そう言ってアキは彼の手を引き、保健室へ行こうとするが中々進んではくれなかった。


「…大丈夫だから、とりあえず本を片付けようよ」

「で、も…」

「大丈夫だから」


しゃがんで大量の本を抱える。どうやって戻そうか…すると、彼がアキの元に脚立を持ってきてくれた。アキが脚立に上り、本を本棚に戻してく。

それは実に淡々とした作業で、2人はたまに思い出したように相手に話題を振りあうことしか出来なかった。




「助かったよ、ありがとう」

「いいよ、別に」



わずか10分足らずで2人は本を全部戻し終えた。それもこれも彼のおかげなのだろう。

お礼を言ってアキはその場を立ち去る。そういえば、彼は双子のどちらだったのだろうか?

アキは名前を聞くのをすっかり忘れていたので見分けが付けれなかった。


「ま、後でまた会った時に聞こうかな」


心残りは、彼が怪我をしているということだ。


気になってもう出てしまった図書室をもう一度振り返る。名前を聞く前に、謝らないとな…







アキが出て言った後、彼、常陸院馨は自分の肩を押さえていた。試しに腕を回してみると、痛くはない。思ったより怪我は浅いようで安心した。

ところどころ本の角が当たって打撲になっただけだったので、これならすぐに治りそうだ。



まぁ正直、そんなことは今はどうでもいい。問題は、さっきのあの人。自分は何故あんな行動に出たのだろう。怪我をするのは分かっていたのに、体が勝手に動いてしまった。

ハァと溜め息を吐く。そもそもここ2,3日の自分がよく分からない。


前までは思わなかったような余計な事まで考えてしまうのだから可笑しなものだ。何か変な物でも食べたのだろうか?



心当たりがあるのは、あの人しかいないわけで。


あの人、僕の事気付いたかな。花瓶落とした奴に助けられるなんて嫌だったかな。あの時ちゃんと謝っておけばよかったな。


もう1年も前の事なのにその出来事を忘れられないでいた。アキに次に会った時はすぐ謝ろうと馨はずっと思っていた。

再会は、先日。急すぎて何も出来なかった。と、言うかあの人が僕達に気付いていなかったのもあるんだけど…。


自分が酷く醜く見えた。それは女の子を振って遊んでいたあの頃とはまた違う。今はもうそんなことはしていないが。


「調子狂う…」

朝セットした髪をくしゃっと潰すように頭を抱える。あ、そうだ。光に謝らないとなぁ。今日の部活サボっちゃったし、心配かけたかな。


馨はもう一度上を向いて立ち上がる。

「よし、次会ったら謝ろう。その後名前も聞こう」

部室に顔だけでも出して行かないと環がかなり怒るので馨は第三音楽室に向かって歩き始めようとした。



すると、足元には生徒手帳が落ちていた。アレ、あの人のかな。さっきので落としたんだ…。


何気なく拾うと、そこには2年A組七瀬ナツの文字が。あの人、殿と鏡夜先輩と同じクラスなんだ…先輩か。そんな事を思いながら右から左へと視線を移す。



目に飛び込んできたのは顔写真。


その写真を見て馨は息を飲んだ。今は前髪で隠してあるはずの顔が、その写真には写っていた。


「こんな、顔だったんだ…」


アレが。と最後に付け足す。

そこには黒く深い目と鼻筋の通った鼻、薄い唇。それはとても綺麗に整って輪郭に納まっている。なんというか、一言で言えば美形。

予想以上の顔にもしかして本人のではないかもしれないと疑うが、馨が来たときはこんなもの落ちてはいなかったので確実にアキのものだろうが。



馨はそれをポケットにしまって、足を第三音楽室へと進ませた。

生徒手帳はまぎれもなくアキではなくナツ本人のモノだった。







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