18番のユニフォームに再び着替えてグランドに立つ。防寒無しではサッカーが出来ない北国では流石にユニフォームも長袖を着るしかないだろう。
「相手は日本一のチームだ、何が出来るか分からないけど頑張ろう」
キャプテンである吹雪くんがそう声を掛けると皆元気に右手を上げてやる気満々だ。私は少し端の方で雷門イレブンを観察していた。この試合で多分吹雪くんは私たちとサッカーをするのは暫くなくなるのだろうと思うと少し寂しくなった。
「莉緒ちゃん」
「吹雪くん、」
「頑張ろうね」
ぼーっとしていた私は急に声を掛けられて肩が跳ね上がってしまったが、吹雪くんだとわかって少し安心した。でもこのタイミングで話しかけられるとは、私が考えていたことに気づいたのだろうか。
いや、あの吹雪くんだからきっとチームメイトに声を掛けにきたのだろう。
私がFWに立って吹雪くんがDFに立つと染岡さんからブーイングが出た。すいませんね、FWが私で。
「吹雪くんはFWよ、今はまだDFだけど」
私がそう意味ありげに言うと染岡さんは納得していないような顔をした。そんな顔で見られると少しビクついてしまうがそんなことでボールを簡単に渡す私でもないし。
練習試合が始まると染岡さんはDFである吹雪くんに突っ込んで行った。無茶なプレーをするなぁと思いながら吹雪くんがアイスグランドで止めたボールを貰いに行く。
「莉緒ちゃん!」
「任せて」
さっきの吹雪くんの必殺技の余韻が残っているであろうグランドではパスがすんなり通った。皆に声を掛けて私は前線に上がっていく。
行かせないとばかりに青い髪の風丸さんが止めにくるが、それを避けてゴール前まで行き、追いつけなかった雷門イレブンのDFを横目に私はシュートの体制に入る。
「――エターナル…、」
打ってしまってもいいのだろうかと一瞬迷った私は、打とうと必殺技の途中のモーションまで入ったが無理やり体を捻って普通のミドルシュートを打った。
そのシュートはゴールネットを揺らすことはなかった。円堂さんの手にきちんと収められたボールは風丸さんに繋がった。
「打たなくてよかったの?」
MFである空野くんが後ろを振り返ってそう言う。彼には私がエターナルブリザードを打とうとしたのが分かってしまったようだ。
「吹雪くんがお披露目しないとね」
「そっか」
センターラインまで上がった私は染岡さんの打つドラゴンクラッシュを目に焼き付ける。これなら打てる。紺子ちゃんと目が合って私は少し微笑んだ。
ドラゴンクラッシュを止めた吹雪くんはいつの間にかFWのモードに入っていた。
「この程度かよ!甘っちょろい奴等だ」
「吹雪くん!」
「任せとけぇ!いつもみたいにバンバン点取ってやるからよぉ」
DFの位置にいる吹雪くんはきっと上がってくるだろう。そう思って私はMFの位置まで下がろうとする。その時に吹雪くんと目が合った。
「見てな」
多分私に言ったのでなないのだろうが、オレンジに変わった瞳に吸い込まれそうになった。マフラーを握って私は下唇を噛む。
雷門イレブンを次々と抜く吹雪くんは先ほどとは打って変わって感情的になっている。まるで、彼を思わせるそのプレーに心が痛くなった。
「吹き荒れろ…エターナルブリザード!」
ゴールネットを揺らしたそのシュートは流石本家。私の打つシュートとは全然違っていた。
「いいかよく聞け…俺がエースストライカー吹雪士郎だ!」
エースストライカーの吹雪くんは円堂さんに挑戦的な視線を送っている。喧嘩にならなければいいのだけど。試合が両キャプテンのぶつかりによって盛り上がってきたであろうタイミングで、吉良監督から指示が出た。
「そこまで、試合終了よ」
納得のいかない染岡さんがそれを無視して試合を続けようとすると、勝負事が好きなFWの吹雪くんは染岡さんからボールを奪ってエターナルブリザードを再び打つ。
ゴールまでの間、必殺技を次々と突破するそのボールは円堂くんの前に来た時は微かに機動が変わっていた。FWよりの位置にいた私は駆け出してボールを追う。
さっき見た必殺シュートを思いだしながらモーションに入る。それを見て雷門イレブンからはどよめきが生まれた。地面を大きく蹴り上げた私は一瞬楽しそうに笑っている吹雪くんと目が合った。
「…ドラゴンクラッシュ」
コースを大きく変えたシュートに円堂さんは必殺技を出すのに間に合わずボールはゴールネットを揺らした。多分本家と同じくらいの勢いで打てたと思う。
「お前!なんで俺のドラゴンクラッシュを…!」
唖然とするグランドの空気の中、怖い顔をして染岡さんが私の前に立った。
「見た、から」
そう言うと納得のいかないような顔になった。苛立っているのだろうか。FWの吹雪くんのように感情的な染岡さんは私を睨んでいる。助けてというように吹雪くんに視線をやれば円堂さんとお取り込み中のようだった。
「雷門の新しいエースストライカーの誕生よ」
「皆、よろしくね」
吹雪くんはいつの間にか戻っていた。彼はやはり近々いなくなってしまうらしい。染岡さんはそれを聞いてまたグランドを出て行ってしまった。そんなに吹雪くんがキャラバンに参加するのが気に入らないのだろう。
その背中を目で追っていると肩をぽんと叩かれた。後ろを振り向くとそこには吹雪くんと円堂さんが立っていた。
「さっきは助かったよ莉緒ちゃん」
きっとあのままだとシュートが決まらなかったよと苦笑いしているいつもの吹雪くんに少し安心するととなりから円堂さんが声を掛けてきた。
「お前、ドラゴンクラッシュが打てるなんてすごいな!」
肩を掴まれて大きく揺さぶられる。それを吹雪くんが優しく止めて「エターナルブリザードも打てるんだよ」と付け足した。また余計なことを。
「エターナルブリザードまで!お前なんでも打てるんだな!」
「――なんでも打てるんだよ」
吹雪くんが円堂さんにそう言って微笑むと私は眉間を抑える。意味ありげなことを言われた円堂さんの頭の上にはクエスチョンマークがたくさん浮かんでいることだろう。
この後円堂さんに説明をして聞いてくる雷門イレブンにも説明して、吉良監督に説明する頃には私は疲れきっていた。
教室に戻ってリクエストのあった餅を焼いて皆でつついていると音無さんが「これ見てください!」とパソコンを皆に見せていた。
パソコンの画面を見つめる吹雪くんの背中に視線は外せなかった。なんだか名残惜しいというか、いつも居た吹雪くんにこれから暫く会えないのはとても私の中では理解が出来ないことだったから。