中編寄せ集め

□隣
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来て欲しくなかった朝になった。皆とは違って少し気分の上がらない私はキャラバンに乗り込む寸前の吹雪くんに声を掛けることができない。皆吹雪くんを囲んで激励の言葉を掛けているのに、私は吹雪くんの代わりにキャプテンをするのに、情けない。


「莉緒ちゃん、」


皆を掻き分けて私のところまで来た吹雪くんは「いってきます」と私の手を握って笑った。サッカーで傷だらけの手は他の女の子みたいに綺麗な手じゃなくて恥ずかしいと思った。


「いって、らっしゃい」

「うん」

「応援してるわ」


最後なのに顔が上げれない私は俯いたまま吹雪くんと話す。違うのに、もっと違うことを言いたいのに。吹雪くんなら大丈夫とかちゃんと食べなさいとかちゃんと寝なさいとか。


「――頑張るから、泣かないで」


その言葉を聞いて誰が泣いてるんだと思って顔を上げると、頬に涙が伝った。そうか泣いているのは私だったのか。


「――あ、本当、泣いてる」


気付かなかったのと笑う吹雪くんに涙を拭われて私も笑う。心配された紺子ちゃんに抱きつかれて私は少しよろめいた。


「必ず、戻ってくるね」


青いバスを皆で見えなくなるまで見送る。それから、9番のユニフォームはしばらく見ることがなくなった。吹雪くんがいなくても行われる練習は皆なんだか気が入っていなかった。


「皆しっかりしなさいよ」

「って言いながら莉緒ちゃんもスクイズボトル1つ多いよね」

「え、」


手元を見ると1、2、3、4、…1つ多い。私もしっかりしなければ、なんだか急に情けなくなった。


いつものように練習が終わった後に自主練をする。ボールを高く蹴り上げて自分だけの必殺技を考える。これが私の課題だった。なかなか決まらない必殺技に苛立ちを覚えて、いつも通りにエターナルブリザードの練習をする。


「エターナル…ッ」

『エターナルブリザード!』


打とうとした瞬間、頭の中で聞こえた声に私はそのまま膝から崩れた。ポタポタと地面に落ちる雫に私は吹雪くんに行って欲しくなかったのだとここで気づいた。


ちゃんと言えばよかったと後悔するのも遅かったと思う。突然の雪崩でこの世を去った彼とお揃いのマフラーを外して抱きしめた。吹雪くんも、彼にも、私は言えればよかったのに。言えば彼が生きていたかと言われればそうではないと思う。だけど伝えていれば今の後悔もないのだろう。


このマフラーは、私が持つべきではないマフラーなのに。


この夜、私は手紙を書いた。飛び回っているのだろうから何処へ送ればいいのか迷うところだが、先に行く中学校を先回りして送っておこうと思った。


「えーっと、吹雪士郎くんへ…」


なんか気恥ずかしくなって一回書こうとした手を止める。でも書かなければと思ってペンを走らせた。暗い部屋に小さな灯りを付けて一晩中手紙を書いた。


いつの間にか眠っていたらしく、目覚ましをセットしてなかった私は慌ただしく学校に行く準備を始める。出かける時に忘れないように昨日書いた手紙を持って出た。通学路にあるポストに入れれば気がとても楽になった。



「――あの、吹雪さんって」


沖縄の大海原中に着いたときにキャプテン、基円堂くんが生徒から声を掛けられていた。キャプテンもやるなぁと思って見ていると、手紙の宛先はどうも僕らしい。


「なんでこんなところに手紙が…」


不思議に思った僕が手紙の送り主を確認するとそこには見慣れた名前が。


「米内莉緒…?」

「うわああ!キャプテン!」


僕の手紙を除き込むようにして宛名を見た円堂くんの口を急いで塞ぐ。もがもがと苦しそうにする円堂くんを隣に押し込んで小さな声で話す。


「ほら、白恋中にいたFWの子だよ」

「ああ!あいつか!なんだって?」

「まだ読んでないよ」


開けようとする円堂くんを置いて先に立つ。結局この手紙を読めたのはその日の晩だった。


「『――それと、ずっと渡したかった物もあります』か」


最後まで読んで手紙を封筒にしまう。これはきっと僕の宝物になるだろう。白恋中から離れても皆のことを忘れたことはなかった。特に、君のことは。


最後に見た涙が忘れられなかった。君はあんな風に泣いたりするんだね。僕は公衆電話に行ってゆっくりと間違えないように番号を押す。


「もしもし、莉緒ちゃん?」

『え、』

「手紙、読んだよ」

『ふふふ吹雪くん?えっ本物なの?』

「うん、本物」


とてもびっくりしている莉緒ちゃんを可愛いななんて思いながら話す。久しぶりに話したもんだから僕も凄く嬉しくなった。ゆっくりになっていく会話の中で最後に控えめに書かれていた文を思い出して口を開く。


「早く白恋中に帰ってくるね、君とまたサッカーしたいから」


電話口でそう言うと驚いたように慌てて謝られてしまった。そんなつもりじゃなかったんだけどな。久しぶりの彼女は今まで通り優しくて暖かかった。


切ってからも暫く電話の余韻に浸る僕は、長年彼女に伝えなければいけないと思っていたことを思い出した。そうだ、帰ったらまず彼女に会って僕の気持ちを伝えなければ。君はどんな反応をするのかな。













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