中編寄せ集め
□体温が好き
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テスト週間に入り、図書室は人通りが多くなる。涼しい図書室はさぞ勉強がしやすいのだろう。ただ喋りに来ているような人もいるが、図書室が賑わう分には構わない。
カウンターでその様子をいつものように微笑ましく見ているのではなく、私は窓側にある机に土方くんと向かい合わせに座っていた。
「――そこは前の問題の答えを代入するんだよ」
「は?これか」
「そうそう」
「お前、教えんの上手いな」
あまり数学が得意ではないような土方くんの様子を日々見ていて、なんだか不安になってしまって今に至る。
少しでしゃばってしまったかなと思ったが、土方くんはそんなことは思っていなかったようで安心した。
人に教えるのは初めてだったが、私の教え方がいいのか土方くんの容量がいいのかで順調に進んでいた。ふと、時計を見ると5時を回っていた。
「――土方くん、時間」
「うお、もうこんな時間か」
なんでも土方くんはこれから剣道の稽古があるようだ。テスト期間で部活が休みなのでそっちで練習をしているらしい。
「真面目だね」
「っせェ」
折角褒めたのだから素直に受け取ればいいのに。前までは不機嫌なのかなと思っていたが、彼の事を沢山知ってしまった今はそんな言葉さえ愛らしく思える。
そういえばそろそろ閉館の時間。もう少し勉強したいなと思って、戸締りをしてそのままの足で図書館へ向かった。
外に出ると辺りは真っ暗だった。最寄りの駅からすぐにある図書館は遅くまで開いているのでついつい長居してしまう。
早く帰らなければなと思って足を早めた。少し街灯が減った道に通りかかると、後ろから足音が聞こえた。
誰だろうと思ったが別に帰宅途中の人だろうと思って気にせず歩いた。だんだんと近くなってくる足跡に動悸がする。
少し遠回りをして帰ろうと思って道を曲がるとそれについてくる。これは確信が持てた。私は怖くなって重くなった足にムチを打って走った。
(誰か…!)
近くにあった公園に急いで入って遊具の影に隠れる。息が荒くなって恐怖で目が熱くなる。小さく影に隠れて足音が去るのを待った。
音がどんどん遠ざかって少し安心した。ホッとしたのはつかの間で、背後の草むらからガサガサと音がした。もう、逃げられない。
後ろを顔だけ振り返ると人影が暗い中にぼんやりと見えた。
「――う、わああああ!!」
腰が抜けてしまって動けなくなり、膝を抱えて丸くなるしか出来なかった。ここで私の人生は終わってしまうのだろうか。女子高校生の自分を呪う。
「や、やだ!こっちこないで!!触んないで!」
「――い、おい!!」
気が動転していたのか、今まで聞こえなかった声が聞こえるようになった。私を揺すって掛けられる声は、低く全身が震えるようなあの声。
「おい!大丈夫か!?」
「…ひ、…じ…」
顔をゆっくりと上げるとそこには土方くんの顔。今の私はとても酷い顔をしているのではないだろうか。
安心してしまって、涙腺が緩む。緊張していたようで止まらない涙と嗚咽をこらえようにもできなかった。
「こ、わ…っ」
「悪い、すぐ気づけなかった」
「…そ、…」
しばらくの間土方くんに抱きしめられていた。それに気づくには時間がかかった。温かいと思って顔を上げると土方くんの綺麗な整っている顔が近くにある。
そういえば、初めて土方くんに触れた。あやす様に何度も背中を摩ってくれるその感覚がとても心地が良かった。
「ご、ごめんなさい」
落ち着いてこの状況を整理すると私は自分の酷い顔を見られた羞恥心からかそれとも土方くんに抱きしめられたからかとても顔が赤かった。
やっと動けるようになりその場に立ち上がって頭を下げる。このまま上げたら赤い顔を見られてしまうではないか。
思ったより私の顔はよく見えてないようで土方くんはそのまま私を家まで送ってくれた。そこで気づいたのは私と土方くんの家がかなり近くにあったことだった。
公園を挟んで向かいにある家と直線距離はそんなに遠くない。今までなんで気づかなかったんだろうか。
今日のお礼を言って逃げるように家の中に入った。顔を直視できなかったのだ。なんだか日々私はおかしくなっているように思う。
まだ微かに抱きしめられた感覚が残っている。広い胸板に付いていた手は少し暖かかった。男の子らしいたくましい腕は私を割れ物のように扱ってくれた。
私の中で大きく渦巻く気持ち。
少し高い体温