雪月のバーバチカ
□頭痛と境界線
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中流家庭に生まれて、県立高校に通って、人並みに学校生活を送って、なんとなく親元を離れて一人暮らしをして、そこそこの会社に就職して、程々に愛想を振りまいて・・・
気づけばこの薄暗い社内で一人で資料作成に追われていて。
社員は既に飲み会に行っている。今頃楽しくお酒を飲んで上司と人生について語ったりしているのだろうか。
「・・・「一人でも、大丈夫です」なんて言わなきゃよかったなぁ・・・」
ぽつりと呟くと、広い部屋に虚しく響く。
手元にあるもう冷え切ったコーヒーを静かに啜ると資料を保存してパソコンを閉じる。
「もう家でやろうかな」
外に出ると街は小綺麗に飾られていて、クリスマスが近づいているのがわかる。
私はイルミネーションやそれにうっとりとしているカップルを横目で見ながら自宅に向かう。
「ただいま・・・」
返答はない。まぁ一人暮らしなので当たり前なのだが。
ブーツを脱いでお湯を沸かしに台所へ向かう。
「・・・今日も徹夜かな」
やかんを火にかけながら、ふと窓に目をやると、外は雪が降っていた。
私は特にすることもないのでぼーっと深々と降る雪を見ていた。
『・・・―、・・・――桜、』
「・・・っ、」
―――頭痛。
(誰か、呼んでる?)
――また、これだ。
誰かが私のことを静かに呼ぶ声が聞こえる。
それは、とても大事に、優しく呟く声。
最初はただの頭痛だったが、それは日に日に声となって聞こえるようになった。
「誰が、呼んでるの・・・?」
もちろん辺りを見回しても誰もいない、当たり前だ。
私は時々、何か大切なことを忘れているような気がしてならない。これは、頭のずっと奥の・・・記憶の部分。
何を思い出したいのか検討もつかない。私は、何を知っているのだろうか。そして、この声の主は一体・・・
「もう、わけわかんない・・・」
次第に遠くなっていく声と頭痛を感じながら私は頭を抱えてその場にゆっくりとしゃがみこむ。
深く目を閉じると、なんとなく、頭の中に小さな村が見えた。――気がした。
目を開けると辺りは薄暗くて、いつの間にか寝てしまっていたようだ。
「・・・あっ!やかん・・・あれ?」
火をかけっぱなしだったはずのやかんは、いつの間にか火が止まっていた。
「火、消したっけ・・・」
電気をつけっぱなしで寝ていたからかどうかはわからないが、心なしか頭が痛い。
もう疲れたので寝てしまおうか・・・そう思って立ち上がると、急に電気が消えた。
「嘘っ!停電・・・?」
(まぁ、もう寝るだけだしいいか)
ベッドまで壁にすがるようにしてなんとかたどり着き、そのままダイブして再び眠りへ着く。
(・・・おやすみなさい。お母さん、お父さ・・・ん。・・・・・・――晋・・・す、け・・・)
途切れとぎれの記憶のままゆっくりと深い眠りへついた。
目を覚ますと、一面は真っ白い霧に包まれていた。
「・・・これは・・・?」
歩いても歩いても、辺りは真っ白。出口が見つからないトンネルのようだった。
(・・・夢、かな)
うろうろとあてもなく歩いていると、目の前にうっすらと人影が見えた。
「武装・・・?」
なんというか、どこかの侍みたいな格好で、今の時代の人ではありえない。
きっとここはどこか知っていそうな気がしたので、目の前を歩いているその背中を見失わないように駆け出す。
「あの!すみませんー!!」
私がそう声をかけると、目の前の人はゆっくりと振り向き、小さく呟く。
『――桜』
――ドクンッ
(私、この人、知ってる・・・)
私が黙って見つめると、武装の侍は口元を少し緩めた。
急に風が吹いて、霧が濃くなる。
(彼は、黒い髪を風になびかせて、私を待っているように見えた。)