雪月のバーバチカ

□会社員と拾われ者
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私は普通の会社員。一人暮らしをしていてさっきまでは自室にいた。夜、いつもどおりに寝て起きたらここで倒れていた。


此処は私の知らない場所。分かるのは、ここが何百年前の江戸と同じ場所だと言うこと。

(それにしては現代文化が盛んな江戸ね・・・)





「――つまり、なんかこう、飛んできちゃったのね」

「まぁそんなところです・・・」


彼等はわかってるんだかわかってないんだか。そんな返答をしてなんとなく状況を理解してくれたみたいである。

一応怪我人として扱ってくれているようで、私は怪我が良くなるまで暫く“万事屋銀ちゃん“にお世話になることになった。



「お嬢さん名前は?」

この万事屋の主人である坂田銀時に名前を問われて普段通り、なんの飾りもない名前を言おうと口を開く。


「私の名前は…」

(名前は…?)



声に出そうとしても形にならないそれは、私の瞳を揺らがす。


「名前、言えねェのか」

名前を言おうとしない私を怪しむ坂田銀時。その顔を私はまともに見れずに俯く。


(私は…誰だっけ…)


「・・・よく、覚えてなくて」


徐々に小さくなる声。眼鏡の男の子が少し心配そうな顔で私を見る。変な人と思われただろう。頭の中を誰かに操作された、そんな気分になって気持ち悪い。


「ま、落っこちた時に頭でも打ったんじゃねーの?今日はひとまず休め」

そう言って布団を指差す坂田銀時。日は落ち、穴があいていた天井はいつの間にか塞がれていた。


「・・・すみません」

「謝ることないネ、今日は特別にお客様用布団を出してあげるアル!」



歳が離れているチャイナ服の女の子に案内された部屋。ありがとう、とお礼を言って戸を閉めると、急に寂しくなってきた。


此処は何処なのだろうか。江戸・・・ってまさかあの江戸・・・そんな、悪い夢だといいんだろうけど。そういうわけにもいかなそうだ。


これからどうしよう、とりあえずこっちのお金で修理代を出さなければならないな。何やらとなりの部屋からは話し声が聞こえる。きっと私のことを話しているのだろう。


(もうわけわかんない・・・)


なんで私はこんなところにいるんだろう。そういえば資料の直し途中だったな、向こうに戻ったらやんないと・・・




『――、・・・、』

私の頭の中をかき乱す声。わたしは目を閉じて、その声に耳を澄ます。


(――なんて、言ってるの)


私が問っても返ってこない返事。ぐるぐると永遠にリピートする思考。


気づくとわたしは深い眠りについていた。








「――彼女、どうするつもりなんですか」

「あー・・・うーん、まぁ、こんな世界だ。何があっても可笑しくないんじゃねーの?」

「銀ちゃんウチで拾うネ!」


寝静まった頃、ヒソヒソと3人の声が聞こえてくる。


「馬鹿、ウチにはそんな余裕ねーぞ?」

実際坂田銀時本人も、彼女のことを気になっていたのは事実。だが、どうもウチに置けるような経済的余裕はない。


「でもー名前を思い出すまでは、一緒にいたいアル」

「名前、ねェ・・・?確かに、本名は気になるけどよォ」

「なんで名前覚えてないネ」

「言えない事情でもあんだろ」

「事情って何アルか」

「そりゃ、人それぞれだろ・・・おい、新八、何黙ってんだァ?」


なんと気なしに突っ込んだ質問をする少女を横目に、さっきから黙っていた眼鏡の男の子・・・新八の方に目をやると、彼は口を開く。




「――姉上のところは、どうですかね」


彼に視線が注がれる。しばしの沈黙のあと、チャイナ服の神楽が声を上げる。


「メガネの癖にナイスアイディアネ!」

「いや!眼鏡関係ないから!」

「っつってもよォー、あちらは承知するかね?」

あちら、というのは新八の姉の妙のことである。彼女はあの広い道場で一人で暮らしているのだから、話し相手くらいは欲しいはず・・・と新八は考えていた。


「彼女さえよかったら・・・ですけど」

「まぁ新八んとこならお前もいるし、神楽もすぐ会えるしいいんじゃねーの」


ぶっきらぼうに答えた少しばかり口が緩む銀時を見て、新八もほっと肩をなでおろす。



彼女は、一体何者なのだろうか。

確かにいきなり空から降ってきたし、服装もちょっと変わっているし持っていたお金も可笑しかった。

やはり、銀時が言ったようにどこからか飛んできた・・・否、”飛ばされてきた”と考えたほうがいいのかもしれない。



彼女の存在は時空を超えた。

それは、とても現実的ではない答えだった。






微かにこの世界で何かが動き出す。




(そんな気さえした。)





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