雪月のバーバチカ

□面接と眉間
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「お妙ちゃん、おはよう」

「あら、早いのね」


朝――、何回目の朝だろうか。

この広い屋敷の台所に立っている私。コトコトとお鍋が音を立てて、料理のいい匂いが部屋を充満させる。


朝ご飯の支度はいつのもように私がやる。お妙ちゃんは意外と不器用なようで、特にあの卵焼きは破滅的な創作料理だ。お世話になっている身だし、これくらいはしてもいいだろう。


最初の頃はいい顔をしなかったお妙ちゃんも、最近は当たり前のように毎日私の料理を楽しみにしてくれている。これはすごく嬉しいことだ。

そうそう、実は私はお妙ちゃんと仲良くなったのだ。お妙ちゃんの方が歳は下なのだが、やはり女子。打ち解けるのも早くて、今ではなんだが私のほうが年下な気もしてくる。


着物も貸して貰っていて、なかなか若い子向けな気もするが、お妙ちゃんは似合うと言ってくれている。



あれから、2週間ほど経っていた。私の怪我は申し分なく回復していて。このままお妙ちゃんのお宅でお世話になるのは少し気が引けていた。
 

「そういえば、例の件、お願いしておいたわ」

「もう?仕事が早いなぁ、ありがとう」

なので、私はそろそろ突き破った屋根の修理代を返済しなければ、と思っていた。

それをお妙ちゃんに相談してみると、「割のいい仕事あるわよ」と今にも飛びつきたい返事が返ってき、今に至る。


その仕事は、真選組の女中のお手伝いというものだった。真選組というのはチンピラ警察だとお妙ちゃんは教えてくれた。こっちもちゃんと警察いるんだね・・・



「あのゴリラに椿さんのことを任すのは心配ね・・・私もついていこうかしら?」

「え?真選組ってゴリラ飼ってるの?」

「ゴリラの飼育は日本一なのよ」

「不思議な警察ですねぇ」



朝ご飯の支度も終わり、2人分の食事を並べていく。今日は新八くんは依頼が来てるということで朝早くに出かけてしまった。万事屋も地味に依頼が来ているようで、少し安心している。



「「いただきます」」




――今日も、長い一日が始まる。




”椿”

銀時さんからもらった名前は、まるで新しい自分になったようで嬉しく感じた。もちろん、その名も大切だ。だが、忘れてしまった私の本当の名前――それと、この頭痛。


あまりに非現実的なこの世界の毎日の中で、忘れそうになる。

私には私の世界があり、ここは私の世界ではない。世界に拒まれるようなその痛みは、日に日に痛みを増すだけだった。







目の前には真選組屯所と書かれた大きな表札。


今私は、真選組の屯所の前に来ている。挨拶に出向いたほうがいいと思い、今回は初めて来るのでお妙ちゃんが話を通してくれている。私の名前を出せば、中に入れてくれるというのだから流石だ。

(それにしても、真選組の偉い人と知り合いだなんてお妙ちゃんはすごいなぁ)



「あ、あの、すみません・・・」

とりあえずその辺にいる刀を下げている人に声を掛ける。刀なんて物騒だなぁと思う。でもこちらだと案外普通なのだろうか、否、この組織の中では普通なのだろうか。

「なにか」

「えっと、・・・こちらで女中として働かせていただくことになっている椿と申します、本日は挨拶に参りました」

「椿さんですね。局長から聞いています、どうぞ中へ」


強面な外見の割には、意外と紳士的だったので、この人に声をかけてよかったなぁと思う。それにしても本当に名前を出すだけで入れてもらえるなんて・・・。



屯所内ではどうしても好奇の目にさらされてしまう。どうも、こう、男ばかりというか・・・暑苦しい黒い隊服を来た男の人がジロジロと見るものでどうも気分が悪い。


女中というのだからそれなりに女の人もいるのかと思っていたが、これまでに女の人には一切会っていない。逆に不思議だ。


「副長、椿さんが参りました」

「入れろ」


副長と呼ばれた人の声が聞こえると、私は広い客間に通された。副長というのだからよほどの地位なのだろう。案内してくれた強面の人も身を固くしていた。


中央で座っている人に向かって頭を下げて置いてある座布団に静かに座る。すると強面の人は部屋から出ていき、入れ替わりに女の人が入ってきてお茶や菓子折りを出してくれた。

(本日、初女中・・・!)


この目の前の人が、お妙さんの知り合いの人なのだろうか。でも、思っていたよりゴリラっぽくない。いやでも秘めたる力はゴリラそのもの・・・とかいうものだろうか。


私が黙っていると目の前の副長が口を開いた。


「――・・・近藤さんから、話は聞いている」


・・・この人は、お妙さんの知り合いのゴリラではなかったようだ。

その、”近藤さん”が本物のゴリラで、私を真選組で雇ってくれるのだろう。



「…椿、と申します。よろしくお願いいたします」

深々と下げた頭を、ゆっくりと上げる。こんなとき、社会人でよかったなと思う。まぁ一応礼儀作法は嫌というほど学んできたし、常識もある方だ。

そう、私は何一つヘマはしていない筈、――なのに目の前のこの人の眉間のしわは変わらない。


(もともとそんな顔なんだろうか)


「…女中の面接なんぞ、本来は俺の仕事じゃねェんだ」

「……面接…?」


面接なんて初耳で、私は戸惑いを隠せなかった。そんな私を見て、副長はゆっくりと息を吐く。


「…聞いてなかったのか?」

「今、知りました」

「…チッ…あの人、わざと…」

「え?」

「いや、なんでもねェ」


聞こえないようにボソッと呟いた副長の声は私には曖昧にしか届かなかった。面接なんて言われてただろうか、この歳になると忘れっぽいから注意しなければ。




それから、土方さん(副長さんは土方さんと言うらしい)は私に屯所内を案内してくれた。


さっきも本人が言っていた通り、これは本来は土方さんの仕事ではないので、私は遠慮したのだが…「”近藤さん”にお前のことはよろしくしてやれと言われてる」と言って案内してくれた。


案内してもらってる間に女中の人に何度が会った。とても綺麗な人ばかりで、私を見るとお辞儀をしてくれたので、私もそれにつられて小さく会釈する。私もあんな風になれるのだろうか、と心配になった。




「…まぁ、こんなもんだ。分からねェことあったらそこら辺の捕まえて聞けばいい」

「ありがとうございました」


一通り周り終わって、元の客間に戻ってきた。任務もあるのだろう、忙しい時に時間を割いてもらって申し訳なく思った。

それと同時に、案外怖い人じゃないんだなと思えた。







一歩、知らない場所に。



(足を踏み入れる)




 

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