雪月のバーバチカ

□頭痛薬と晴天
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『…す、け…晋助――…』




頭の中で聞こえる声は、自分を呼んでいるものだと気づいたのはここ数日のことだ。女の声。俺には聞き覚えのない声だった。

なにか引っかかるものはあるが、記憶力はいい方だと思うし俺を下の名前で呼び捨てにする女なんぞ片手で収まる程もいない。



「――誰だ…?」



誰もいない空間にポツリと響いた声は虚しく空中で消えた。返答はもちろんあるわけがなく、いつの間にか頭痛も頭の中の声も消えていた。


気付くとあんなに曇っていた空には月が見え隠れしている。


小さく舌打ちをして、手元にあった煙管を手に取る。月に照らされる着物は、暗闇ではわかりにくかったが、少しだけ返り血を浴びていた。これは、先程までの戦闘を意味する。


(気味が悪ィ…)



雪の降っている時だけに聞こえる声、自分を呼ぶ女の声は頭の中を駆け巡る。そして、頭痛。これは、日に日に鋭い痛みとなっていた。


幹部は自分の頭痛に気付き始めていて、食事の横に頭痛薬を添えるまでになっていた。でも、ただの頭痛ではないのだろう。それは自分自身が分かっている。




自分を呼んでいるのは誰なのだろうか。




――高杉晋助は微かに目を細めた。







本日は晴天なり。

先日挨拶に来た時は居なかった、お妙ちゃんの知り合いの真選組の偉い人が屯所に居るようなので、無事に今日から住み込みで働く事になった私は、その人の元に挨拶に訪れていた。



「――は、初めまして…」

「君が椿さん!お妙さんから話は聞いてますよ!!」


…思っていたより、“近藤さん”はゴリラだった。



話によると、近藤さんは真選組の局長らしい。それとお妙ちゃんの恋人。(自称)きっとお妙ちゃんはゴリラみたいな人は苦手なので、この人は脳内で妄想でもしてるのだろうな、と思った。


そんな冷たい目で近藤さんを見ていると、その隣にいた土方さんと目があった。土方さんはとても私によくしてくれたので、悪い人ではないのだろう。私は小さくお辞儀をする。



「コイツ、いっつもこんな仏頂面なんです!わかりにくいんですけど、これでもいい奴なんですよ!」

「それは、先日とても親切にしていただいて分かりましたよ」

「トシー!お前もやればできるじゃないか!」


わざわざ時間を割いて屯所の中を案内してもらったので、少し土方さんのことをヨイショしてみたら、近藤さんは土方さんの背中を強く叩き、自分のことのように嬉しそうに笑っていた。この人達は、皆家族のように見える。それくらい絆が強いのだろうか。




近藤さんは豪快な人だな、と思った。ほら、土方さんむせてるじゃないですか。急に叩くと心臓にも悪いですよ。





そのまま、土方さんに連れられて、女中の寝室まで案内される。「この前教えていただいたので大丈夫ですよ」と言うと土方さんは「これも仕事だ」と、ここまで連れてきてくれた。

(これは、近藤さんには頼まれていないじゃないの)




「此処の中に居るやつに仕事内容は聞いてくれればいい」

「あ、ありがとうございます…」




そう言って土方さんはその場から去っていく、ぶっきらぼうだけど、きっといい人なんだろう。その後ろ姿が角を曲がり、見えなくなると私は寝室の戸を静かに開けた。



「失礼します。今日からお世話になる、――椿、と申します」





戸を開けると優しい笑顔。



(いい人ばかりだ)





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