雪月のバーバチカ
□胃もたれと特技
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眩しい朝日、少し肌寒い空気を吸い込んで体を伸ばす。私は眠い目を擦りながら朝食の準備に取り掛かっていた。
藤さんと共に台所に立ち、大人数の料理をたった2人で仕込んでく。
――目覚めは、最悪だった。
私が昨晩、マヨネーズの夢にうなされたのは言うまでもない。何を考えても結果マヨネーズのことにたどり着いてしまうという恐ろしい夢だった。今日は既にマヨネーズが憎い。
なんだかサラダに掛ける罪のないマヨネーズも憎い。
土方さんには感謝してる分、マヨネーズへの憎しみがどうしても比例してしまう。
私そんなにマヨネーズ嫌いじゃなかったんだけどな。
出来上がった料理を他の女中の人に運んで貰う。各自、起きる時間帯が違うようなので、食堂に顔を出してくれた人の分を持っていく。
9時を回り、そろそろ片付いてきたと思う。真選組の朝は早く、もう既に眠い。こんな時は体でも動かしたい気分になる。
ここでひとつ自慢をしようと思う。比較的凡人な私の唯一の特技は、弓道だ。これはインターハイ優勝を誇る腕前で、高校は弓道の推薦で入学したくらいだ。まぁこれと言って活用する機会はなかったのが残念だが。
「弓道の道場とか、ないのかな…」
食器を洗っている時にボソッと呟くと、藤さんがその小さな呟きを拾ってくれた。
「椿ちゃんは、弓道を?」
「そうなんですよ、小さい時からずっと」
「素敵ね」
そう言ってふふ、と藤さんは笑う。私もつられて少し笑うと、藤さんは思いついたように口を開いた。
「そういえば、ちょっと離れたところに道場があったわねぇ。確か、弓道もやっていたと思うわ」
「本当ですか」
「ええ、今度行ってみたらどうかしら?」
「是非」
日頃の運動不足が解消出来そうな場所が見つかりました。
着物を着ているから食べ過ぎるってことはないのだが、やはり肉は付いてくるもので…。
(後で行ってみようかな)
「飯くだせェ」
「沖田さん、おはようございます。準備してありますよ」
遅れてきた訪問者、“沖田さん”。明らかに遅すぎな気もするが、先程から残してあった隊員分の一食はこの分だったのだろう。
隊服を見ると、近藤さんや土方さんと同じ…と、いうことは、偉い人なのだろうか。見た感じは、とても若く見えるが。
トレイを持ってそのまま食堂に向かう。一瞬目があった気がしたが、多分気のせいだろう。それにしてもアイマスクは伝わっている文化なのか。
沖田さんが普通にご飯を食べていると、土方さんが食堂にやってきて何やら叱りつけていた。やはり遅すぎるご出勤だったらしい。
声をあげている土方さんは恐ろしくて、マヨネーズなんて霞んで見える。
その場から立ち去ろうとしたときに、ふと、昨日の事を思い出す。
『…マヨ方さん』
(とんだ失態を…!)
昨日のことはもう既に忘れたことにしてしまっていた。今沖田さんが怒られていなかったら普通に土方さんに挨拶してしまうところだった。感謝するべきだろう。
もう見つからないようにこの場から離れてしまおうと、身を低くして小走りで立ち去ろうとする。
(あと少し…あと少しでこの場から逃げれる!)
「――椿じゃないですかィ」
「…え、」
後ろから声を掛けられて振り向くと、そこには沖田さんと何やら更に怒っている土方さんがいた。何をどうすればそこまで怒らせることができるのか。
「あ、えっと、…おはようございます」
「飯はまだですかィ?ならこっちで食べればいいでさァ」
沖田さんは何の気なしにご飯をパクパクと食べ勧めている。土方さんが怒るのには慣れているようだった。
チラリと土方さんを見れば、額にはうっすら血管が浮かんで見える。マヨネーズ不足だろうか。
「ほら、土方さんがそんな顔してるから椿がこっち来てくれないんですぜィ」
「いや、そういう訳ではないんですが…あ、土方さん、マヨネーズ足りてますか?」
懐から取り出したマヨネーズは半分しか入っていなかった。やはりピリピリしていたのはマヨネーズが足りなかったからなのだろう。きっとそうだ。
私はマヨネーズを2本冷蔵庫から取り出して土方さんに渡した。それから沖田さんに会釈をしてその場を立ち去ろうとした、が。
「俺のは、無視ですかィ?」
「す、すみません…」
沖田さんに行く手を阻まれてしまった。どうして、こう、真選組の人はフレンドリーなのだろうか。昨日も色んな人に話しかけられて、UNOやトランプに誘われたが断ってきた。
女中と隊員はそんなに仲が良いものなのだろうか?
慣れない空気と温かい目。
(藤さん、私をそんな目で見ないで!)