雪月のバーバチカ

□名前と赤い花
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宇宙船内――。此処は、この船の主でもある他人を入れることが許されていない自室である。

視界を白い雪がチラチラと舞う。窓枠に腰掛けながら、そんな雪をただ見つめる男の姿が。



――頭痛。

普段あまり崩されることのない表情。だが、この時は眉間に深いシワが寄っていた。


雪が降りだしてからだろうか、頭痛が起きるようになったのは。


「――・・・ッチ、」

この頭痛は無性にイライラする。自分の記憶の中を掻き回すような、そんな頭痛。


何かの警告か。この頭痛は何を意味しているのか。――自分は、何かを忘れているのか。





額を抑えて、静かに雪が止むのを待った。










朝――、私は万事屋ご一行様と一緒に大きな道場の前に立っていた。

(此処が眼鏡の・・・いや、志村新八くんの家なのか)


門に圧倒されながら先に進む彼等の後ろに着く。私は、此処でお世話になるらしい。


「姉御ー!連れてきたアルよー!!」


大きな声でそう叫びながら門を潜るチャイナ服の神楽ちゃんはまるでこの家の主のように堂々たる態度で・・・まぁ、偉そうだ。


「あら、思ったより早かったのね」


そう言って出迎えてくれたのは新八くんのお姉さんの志村妙さん。綺麗な人で、私よりいくつか下だろうか、でもとてもしっかりして見える。



「初めまして、あなたが・・・聞いていたよりずっとお姉さんですね」

私に笑って家へ招き入れる。この人達は一体私のことをどう説明したのだろうか。謎である。



「――つーことでェ、よろしくしてやって」

坂田銀時が大まかに説明したあと、私は深々とお辞儀をする。


「しばらくお世話になります」

「そんな堅苦しくなくて大丈夫ですよ、こちらこそよろしくお願いします」

「そう言ってる姉御も堅苦しいネ」


神楽ちゃんがそう言うと志村妙さんは困ったように笑った。私は居候させてもらう身なので、年齢などは関係なく礼儀として敬語は使ったほうがいいと思っていたのだが。


「別にひとつ屋根の下、過ごすんならそこまで気ィ張んなくていいんじゃねェの」

「銀ちゃんの言う通りアル!もっと砕けたほうがいいネ!」

「そうかしら・・・」


年齢は、多分5歳前後だろうか、私は確実に坂田さん寄りで、妙さんはとても若く思えた。


私が少し笑うと、妙さんも笑ってくれた。その姿は大人びていて、私の頼り無さというか、年上っぽさがあまりに足りないなと思った。





坂田さんの帰り際にお礼を言おうと思って声を掛けると、「こっちも堅苦しいなァ」と笑い、体温との温度差で息を白くした。


「ありがとう、・・・銀時さん?」


そういうことでもなかったみたいで、少し驚いた顔をしてまた笑う。まぁこれでもいいらしい。



「・・・名前、」

「はい?」

「名前、思い出したか?」



少し雪が積もった庭先を見ながら銀時さんは呟く。――私の、名前。実は、まだ思い出せていない。



「残念ながら」

「そうか・・・不便だろ」

「そうですね、自己紹介できないのが少し寂しいかなって」


赤い花を見ながら、ゆっくり口が動く。私はそれをじっと見ていた。


「・・・椿」

「え?」

「椿、しばらくはそう名乗っとけ。名無しじゃいくらなんでも怪しすぎだろ」

「えっ?あっ・・・は、・・・」


返事をし終わる前に銀時さんは何処かへふらりと行ってしまった。私はその場に立ちっぱなして視線の端に映る赤い椿をちらちと横目で見た。



心なしか、銀時さんの後ろ姿は、どこかで見たことのあるものだった。




風が吹くと、冷たい空気が頬に当たった。そろそろ中に入ろうか。私は妙さんが待つ大きな家に入っていった。







『・・・――銀ちゃん、』



「・・・?」

(・・・風、かな)






聞こえたのは記憶の欠片。



(それに気付かなかった)
(愚か者)




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